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『よみがえる1958年-69年のプロ野球』1961年編

盗塁王がなかった時代につくられた南海・広瀬叔功の盗塁哲学/『よみがえる1958年-69年のプロ野球』1961年編

 

7月31日、『よみがえる1958年─69年のプロ野球』第4弾、1961年編が発売される。その中の記事を時々掲載します。

『よみがえる1958年─69年のプロ野球』1961年編表紙


美学の原点


 あす、発売1961年編から時代の違いを感じる小ネタを紹介する。

 7月8日、大洋・近藤和彦がサイクル安打を達成した際の記事には、『安打展示会』としか出ておらず、サイクル安打という言葉は欠片もない。

 実は、サイクル安打は1965年、阪急のスペンサーが達成し、自身でアピールするまで話題にすらならなかったもので、連盟表彰もなかった。

 もう一つは『盗塁王』だ。この年、42盗塁をし、初の盗塁王となった南海の広瀬叔功は「勝利につながらない盗塁はしない」を信念としていた選手で、通算596盗塁をしながら失敗は123。成功率82.9パーセントは、300盗塁以上では長く最高であった(現在は2位)。

 9月11日号、野球評論家・佐々木信也との対談にその哲学の原点に触れた箇所がある。

佐々木 盗塁王のタイトルなんて言うのは獲ろうと思ったら朝飯前だね。

広瀬 獲ろうと思ったら獲れますよ。だけど、タイトルというのは正式にはないでしょう。だから獲っても仕方がないですよ。そのゲームに勝つために必要な盗塁ならやりますけどね、いくらでも。

 同年阪急から中日に移籍し、阪急時代の56年には当時史上最多85盗塁をマークしていた河野旭輝も「パは盗塁王がないからつまらんかった」と話しているように、盗塁王の連盟表彰がなかった時代だ(セもだと思うが、不明)。

 のち広瀬が64年に連続31盗塁成功を含む72盗塁をして大きな話題となり、これをきっかけにパは連盟表彰になったが、タイトルとなって以後も「勝利につながらぬ盗塁はしない」という哲学を変えなかったのは、広瀬らしくもある。
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