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【大学野球】昭和の空気が香る『根性』 明大初の女性主務誕生 「宗山を日本一のキャプテンにしたい」

 

覚悟と自覚を持って過ごした1年間


明大・岸上マネジャーは女性部員として野球部史上初の主務に就任した[写真=矢野寿明]


 明大野球部はかつて母校を37年率いた島岡吉郎元監督の掲げた「人間力野球」が、今も合言葉だ。野球の技術向上と並行して、精神力を磨く場。伝統を継承するのが、新チームで女性部員として初の主務に就任した岸上さくら(3年・立命館慶祥高)。気合がみなぎる。

 昨年11月。6年ぶりに優勝した明治神宮大会を最後に引退した4年生の主務・鈴木一真マネジャー(明大中野八王子高)は、当時2年生だった岸上マネジャーにこう言った。

「俺は、期待しているから」

 鈴木マネジャーは3、4年時に主務を務めた。1学年上に男子部員のマネジャー専任が不在であったため、3年生で大役を任され、2年間を全うした。岸上の代も、男子部員のマネジャーが在籍していなかった。岸上は言う。

「私たちの代になったら、1個下の男子マネジャーが主務になると思っていました。それが、明治のやり方である、と。でも、鈴木さんの言葉で、そういう可能性(女性主務)もあるのか、と……。この1年間、覚悟と自覚を持って過ごしてきました」

 鈴木マネジャーの代(22年)では法大・宮本ことみさん、立大・大河原すみれさんが両校における初の女性主務が誕生。さかのぼれば18年には慶大・小林由佳さんが、東京六大学で初めて同ポストを担った。岸上は明かす。

「2学年上の宮本さんと大河原さんには、ことあるたびに相談をしました。(女性部員が)寮で生活しない難しい現実など、女性主務としての経験談を聞かせていただきました」

 岸上には、昭和の空気が香る「根性」がある。

 北海道出身。小学3年から中学3年までは、吹奏楽(チューバ)に親しんだ。スポーツ好きだが「運動は苦手で……応援専門です(苦笑)」。野球との関わりは、プロ野球観戦だ。

「両親がファイターズファンで、小、中学校時代は札幌ドームに応援に行っていました。テーマパークのような雰囲気が好きでした」

 立命館慶祥高では、硬式野球部に入部した。

「他の部活は4月から入部できますが、野球部(女子マネジャー)は6月の定期試験の結果と面接を経て、正式に入部できるのは9月なんです。監督に名前と顔を覚えてもらおうと4月以降、練習を見学していました。猛アピールです(笑)。8月には夏の甲子園の第100回大会を見て、マネジャーとしてチームを支えたい思いが、より一層、芽生えました」

 入部後、岸上は毎日、グラウンドに立ち続け、選手を強力サポート。練習補助のほか、食トレのため、1日100個以上のおにぎりを握った。高校野球に捧げた3年間だった。

周囲の力も借りながら


 明大には指定校推薦で入学。野球部の門をたたくか迷ったが、立命館慶祥高・横山蔵人監督から「良い経験だから、やったほうが良い」と背中を押され、入部を決意した。岸上の同期の女子マネジャーには大崎未稀(滝高)、小池璃子(桐生高)がおり「絆、信用、信頼。以心伝心。絆は固いです」と、3人は互いに支え合いながら野球部の運営に尽力してきた。

 通常、女子マネジャーの集合時間は朝9時となっているが、岸上は「練習開始の1時間前には島岡寮にいたい」と早出で活動をスタートしていた。さらに「チームのことを知らないといけない」と、マネジャー室での事務仕事を全力でこなしながら、グラウンドで練習を見学。「技術のことは分かりませんが、細かい部分にまで目が行き届いている、気づきができる部員は誰か」。寮生活だけは分からない部員たちの性格を、自らの視点で探ったのだ。

 田中武宏監督は、献身的な姿勢を高く評価。野球部OB会(駿台倶楽部)に相談の上、「男じゃないといけない決まりはない。優秀な人が務めるのは当然のこと」と、岸上を主務に据えることを決めた。10月26日に打診した。

「(島岡寮内の食堂で)ドラフト会見の会場設営の準備をしているところで、『ちょっといい?』と監督に応接室に呼ばれまして……。新チームを控えた時期でもありましたので、察しはつきました。任せていただけるのであれば、やらせていただきます、と答えました」

2024年の明大主将はプロ注目の宗山[左]。幹部の最上級生が協力してチーム運営を担う[写真提供=明治大学野球部]


 2024年の新主将に就任した宗山塁(3年・広陵高)は、岸上の良さを「行動力」と言った。

「宗山とは『周りの人から愛される、応援される良いチームを作っていこう』と日々、話し合いを重ねています。私は打席には立てない。1点には貢献できませんが、違う形で良い循環をもたらせればと考えています。宗山を日本一のキャプテンにしたいと思います」

新4年生の女子マネジャー同期3人の絆は固い。お互いが協力し合って、野球部を運営する[左から大崎、岸上、小池]


 主将、主務、副将3人、学生コーチ4人、寮長5人でチームづくりを進めていくことになる。女性主務。新たなチャレンジだが、あくまでも最上級生全員で運営していくスタンスが根幹にあるのは、岸上にとって頼もしい限り。身近にいる同級生マネジャー2人も心強い。大崎は経理担当、小池は広報担当を担う。

「私1人だけでは、何もできません。2人がいるからこそ、部を回していくことができています。実はプライベートでも一緒。オフがあれば3人で旅行に行き、冬場は私の家で鍋を囲むんです。2人の存在は大きい。選手兼任の男子マネジャー・西田(大流、3年・横浜氷取沢高)、後輩の力があって成り立ちます」

 11月5日の幹部発表で、岸上は全部員の前で「リーグ優勝、日本一に向かってチームのために一生懸命、頑張っていきます」と語った。

 自ら率先して動く。主務とは縁の下の力持ちであると同時に、対外的には、野球部の「顔」となる。リーダーの人格が備わる岸上が、最強の裏方として、身を粉にして動き回る。

文=岡本朋祐
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