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岩田稔『消えそうで消えないペン』

契約更改がプロ野球選手を不安にする理由。元阪神・岩田稔の一睡もできなかった日<連載第3回>

 

猛虎一筋16年、2021年シーズンをもって引退した岩田稔(現阪神CA、株式会社 Family Design M代表取締役社長)のあがき抜いた最後の数年。戦力外通告を受け止め、セカンドキャリアを見つけるまでの葛藤と信念とは。引退後初の自著『消えそうで消えないペン 1型糖尿病と共に生き、投げ切ったからこそ伝えたいこと』(ベースボール・マガジン社刊)より一部抜粋してご紹介する(全6回の3回目)。

大幅減俸に眠れなかった夜


2020年の岩田は5試合に登板し1勝。「決断」のときが迫っていた


「引退」の2文字はプロ野球選手なら誰だって考えたくないものです。僕の場合、引き際を意識し始めたのは5、6年ほど前のことでした。
 
 あれは2016年シーズン。一軍で6試合しかマウンドに上がれず、0勝に終わったあとのオフ、「これはいつクビになってもおかしくないな」という感覚が芽生え始めました。周りの人たちは「1年成績を残せなかったぐらいで大げさな」と慰めてくれましたが、プロの世界が甘くないのは当事者が一番よく理解していますからね。
 
 ただ、いよいよ後がなくなったと痛感させられたのは36歳シーズンを一軍登板わずか5試合の1勝で終えた直後、2020年12月の契約更改でした。個人情報になるのであまり詳しくは伝えられませんが、マスコミの皆さんが推定した金額で説明すると、3800万円だった年俸が1860万円まで大幅に下がったのです。

 報道されたダウン幅は51パーセント。実際にも大体それぐらいの減俸を提示されていたので、さすがに引退のタイミングがすぐそこまで迫っているという事実を痛感せざるを得ませんでした。

 プロ野球の世界には野球協約というものがあり、現在は1億円以下の年俸であれば25パーセントという減額制限が存在しています。この制限以上の減額を行うとき、球団は期間内に選手の同意を得る必要があります。ここで同意を得られなければ、選手は自由契約となって他球団と交渉できます。

 そういったルールがあるので、僕の場合も事前に球団の方から連絡が届きました。

 もちろん、悪いのは成績を残せていない自分です。もう1年チャンスをもらえるだけでありがたい立場だということも、重々承知していました。それでも連絡を受けた日の夜は一睡もできませんでした。

「税金、大丈夫かな……」

「このまま行ったら、来年は確実にクビやな……」

 とめどなく襲いかかってくる不安と格闘しているうちに、窓の外はとっくに明るくなっていました。

 移動中の新幹線や飛行機でもすぐに爆睡できるタイプの僕にとって、それは今までにない経験でした。今後のことが怖くて仕方なかったのだと思います。

 あまりにふさぎ込む夫をなんとか楽にしようと、当時は妻の美佳も必死でした。

「そんなに気になるなら、私が先に言ってあげようか? 岩田……阪神クビ〜!」

 僕に向けて刀で斬り捨てるポーズを決めて、腹の底から笑わせてくれることもありました。ありがたいことに、そんなやり取りをしているときは一瞬だけ気を紛らわせることができました。それでも少し時間が経つと、またどうしようもない不安が押し寄せてきてしまうから大変でした。

写真=BBM
©阪神タイガース

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