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野村克也が語る「対西武の思い出」

 

92年日本シリーズ第7戦の7回、三走・広沢がホームでフォースアウトとなり、勝ち越しを阻まれた/写真=BBM


黄金期の西武と頂上決戦で激闘


 ちょうど本誌でこの号が出るころ、私はメットライフドームでの『交流戦スペシャルナイト! フィールドトークショー』に出演する予定だ。6月13日、西武ヤクルト交流戦のゲーム後。私のトークショーが始まる前にファンが皆、帰ってしまうのではないかと、今から心配だ。

 西武対ヤクルトといえば、1992年、93年の日本シリーズを思い出す。あの日本シリーズは、楽しかったなあ。相手監督が森(森祇晶)だったから、なおさらだ。森は私より2つ年下で(学年は1年下)、現役時代は同じキャッチャー。森が巨人、私が南海の正捕手として、日本シリーズやオールスターで何度も顔を合わせていた。

 私たちの現役時代はキャッチャーなど、まるで鼻クソのような扱い。体が頑丈で肩が強いと、「キャッチャーでもやらせとけ」という具合だった。相手を完封しても、スポットが当たるのはピッチャーだけ。サインを出したわれわれキャッチャーは、お立ち台はおろか、記者たちからリードについて聞かれることもなかった。

 だから森と会うたび、「みんな、キャッチャーの重要性を分かっていない」「われわれで、“優勝チームに名捕手あり”ということを知らしめていこう」と話していたものだ。

 そんなわれわれが監督として相対した92年のシリーズを、マスコミは『知将対決』あるいは『キツネとタヌキの化かし合い』と呼んだ。それぞれの教え子兼両チームの司令塔として、西武・伊東勤、ヤクルト・古田敦也両捕手のリードにも注目が集まった。

 ただ、当時は西武の黄金期。戦力的には明らかにわがヤクルトが劣っていた。当然、日本シリーズの大舞台もほとんどの選手が初めてである。しかし、ヤクルトの面々はペナントレース以上の力を出してくれたと思う。1勝3敗と土俵際まで追い詰められたところから、3勝3敗のタイにまで盛り返したのだから。

 その第7戦。最も悔やまれたのは7回裏一死満塁、一打勝ち越しのチャンスを逸したプレーだ。私はそこで、ベテラン・杉浦享を代打に送った。杉浦は第1戦で代打満塁サヨナラ本塁打を放っている。最低でも犠牲フライは打ってくれるだろうという目論見(もくろみ)だった。

 西武も杉浦を警戒し、石井丈裕もボール球が先行した。カウントは3ボール1ストライク。私は「押し出しもあるな」と内心、ほくそ笑んだ。

セオリー度外視で冒険しても……


 ところが、である。最後にあまりの絶好球が――ど真ん中の速球が来て、杉浦は逆に力んでしまった。打球はボテボテのゴロになり、二塁へと転がった。だが、この当たりなら、セカンドはホームをあきらめ、一塁に投げるだろう。勝ち越しだ。

 そう思った瞬間、セカンド・辻(辻発彦=現西武監督)は体を反転させ、ホームに送球。「野選で勝ち越しか」と思いきや、三走・広沢克己のスタートが遅く、ホームで封殺されてしまった。

 ベンチに戻ってきた広沢になぜスタートが遅れたのか聞くと、「ライナーで併殺になるのが怖かったから」と言う。確かに、ライナーの打球に注意しなければならないのは走者としてはセオリーだ。しかし日本シリーズ最終戦の7回という、あの場面。1点勝ち越せば、試合の流れは大きく自軍に傾く。それだけ日本一にも近づくわけだ。あんな場面に限ってはセオリー度外視で、冒険してもいい。

 結果、われわれはこの年、日本一を逃した。とはいえ、私の身上は「“失敗”と書いて“せいちょう”(成長)と読む」ことである。私は広沢の走塁を教訓に、『ギャンブルスタート』という作戦を生み出した。

『ギャンブルスタート』のサインが出たら、ランナーはボールがバットに当たった瞬間、スタートを切る。そこでライナーが飛び、併殺になったら仕方ない。野球は勝負事。時には、賭けも必要だ。

 今や、どの球団も『ギャンブルスタート』は当たり前の作戦になった。走者三塁のとき、相手の守備陣形を確認したうえで、打球に対してどんな備えを取るか、三走にサインを送る。『ゴロゴー』(打球がバウンドした瞬間、スタート)、『ゴロストップ』(内野ゴロならストップ、打球が抜けるのを確認してからスタート)、そしてこの『ギャンブルスタート』のいずれか、である。もちろんワイルドピッチ、パスボールに対する準備も、三走はしておかなければならない。

 さて話を日本シリーズに戻すと、翌93年。森・西武との二度目のシリーズは、リリーフエース・高津臣吾の力投もあり、前年の雪辱を果たすことができた。つまり、森と私の対決は、1勝1敗。決着はまだついていない。まあ、この決着は、いずれあの世でつけることになるのだろう。

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