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ソフトバンクの追い上げを見て2008年のあの試合を思い出す【岡田彰布のそらそうよ】

 

四番・山川穂高を中心とした西武打線は破壊力十分やし、足も使えるから普通どおりの戦いをすればソフトバンクの猛追を逃げ切り優勝できると思うよ/写真=BBM


あのとき、普通の判断ができていれば優勝やった


 物心ついたころから、グラブをはめ、ボールを握り、バットを振っていた。野球というものに触れて、50数年が経つ。いろんなことを経験してきた。泣いて笑って過ごしてきた野球人生……。でも、一度も野球をやめたい、と思ったことはない。野球少年が、そのまま大人になった。オレ自身、そう思う。

 そんな人生で、最も悔いるゲームは? と問われると、実は意外な試合がよみがえってくる。こんなことを明かすのは初めてかもしれない。その試合とは、監督として戦った2008年のある1日……のことやった。

 シーズンの終盤やった。巨人の猛追にあいながら、阪神はなんとか逃げ切りVに向かっていた。そんな中の10月初旬(10月3日)。神宮でのヤクルト戦やった。先発した安藤(安藤優也=現阪神育成コーチ)が抜群のピッチングでヤクルト打線を抑え、7回表を終わった時点で、阪神が5点リードしていた。

 球数は80球ほど。余裕十分やった。もちろんリリーフ陣は疲れがたまっている状況よ。ひとりで投げ切ってくれれば、こんなありがたいことはない。でもそこでオレの頭の中である計算が始まった。安定感のある安藤をより生かす方策……。「中4日で次の先発でいかすために、ここで降板」。これがオレの決断やった。

 ところがリリーフの久保田(久保田智之=現阪神スカウト)、ジェフ・ウィリアムス、藤川(藤川球児)、アッチソンがヤクルトの逆襲にあってしまい、ついに5点差をひっくり返されたのである(5対7)。もし、あのとき、安藤に最後まで託していたら、確実に勝っていただろう。でもオレの中で普通でないことが思い浮かんだ。余計な考えというのか、先を考え、中4日で安藤……という普通でないイメージが浮かんだことで、すべてぶち壊してしまったのである。

 終盤にきての1敗は、ただの1敗ではない。あの試合を勝ち切っていたら、阪神は優勝できていたのでは……と、今なお、胸の中にモヤモヤが残っている。これが野球人生で最大の悔い。やっぱり普通が一番なんよね。普通に戦うことは難しいけど、普通が最良の策なんだ。あのとき、チラっと先を考えたこと。明らかに普通でなかった……と、オレは今も悔いている。

 どうして、こんなことを振り返るのか。それは今のパ・リーグの優勝争いが関係している。西武独走の気配が、ここにきて急変。ソフトバンクが猛烈な勢いで、追いかけてきた。終盤にきての大型9連勝。その差は6ゲーム(8月29日現在)にまで詰まった。なんだか08年のペナントレースに似てきた。だからオレはあのときのあの試合を思い出したんよね。

今の西武はあのときの阪神と違い、浮き足立ってない


 今から10年前。阪神監督5年目となり、オレはV奪還にかけていた。四番・金本(金本知憲=現阪神監督)を軸にJFKも健在。これといった死角はなく、V奪還作戦は、ホンマ、順調やった。ところが8月の終わりから、急に風向きが変わり始めた。北京オリンピックが終わり、そこで主軸の新井(新井貴浩=現広島)に骨折が判明。オレの頭の中に、危険なシグナルが点灯し始めたけど、この時点で貯金は20をラクに超えていた。残りを5割で行けば、十分にVライン。オレはこう計算していたよ。

 でも、思いもよらぬことが起きる。それが巨人の猛追よ。2ケタ連勝もあったと記憶しているし、とにかく巨人からは負ける気配は感じられなかった。追う強みと、追われる弱みなのか……。でも、残り5割で乗り切れば……の思いは変わらなかったし、結果、貯金は23にしてシーズンを終えた。

 それでもV逸である。巨人の逆襲は、ホンマ、スゴかった。でもな、やっぱり、そんな激闘の中に、悔いる試合が存在するんやね。最初に書いたあのヤクルト戦……。もし確実に勝っていたなら、最終的に結果は違っていたかも。あのときにやり過ごした、たった1敗が、とんでもなく大きな痛みをともなう1敗になって跳ね返ってきた。1勝の、1敗の積み重ねの長いシーズン。やっぱり、どれもおろそかにできないってことなんよね。

 さあ、これからのパ・リーグ。ソフトバンクが08年の巨人のように、大マクリできるかどうか。先にオレの予想を書く。それは「NO」である。というのは、現状のソフトバンクに、あのときの巨人のような破壊力はない、と判断するからですわ。ここにきてのソフトバンクの追い上げは「さすが」であるが、そこから先、西武を追い抜くまでには遠いのではないか。故障者がいて、戦力が整っていないことが、やはり響いてくる。地力でここまでもってきたけれど、一気にジャンプアップするまではいかない。それが結論である。

 逃げる西武だが、あの08年の阪神のような浮き足立ったところはない。あくまで自分らしい戦いができていることが強みなのだ。西武の「らしさ」といえば打力である。打線は水ものであるけれど、今年の西武打線は、大きな下降線を描くことはない。ただ単に打つだけではなく、盗塁数などを見ても、機動力を生かしたバリエーション豊富な攻撃ができる。これは強みよ。苦しい中でも、必ず突破口を見出せる攻撃陣なわけで、ある程度、投手陣が踏ん張れば、波のない戦いができるに違いない。

 まあ、先を行くチームは、ホンマ、普通に戦えるかどうかよ。チーム全体で優勝への意識が強くなり過ぎれば、力みが入り、チームとしてのバランスを崩していく。西武がここまで貫いてきた戦いこそ、西武の普通の形と言える。この普通を最後まで保っていけば、優勝するやろね。まあ、ソフトバンクは肉薄するやろうけど、「西武が逃げ切り」を断言するわ。(デイリースポーツ評論家)

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