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裏方が見たジャイアンツ

香坂英典コラム 第52回 長嶋監督から学んだこと(中編)

 

試合での厳しい表情とは違い、普段の長嶋監督の笑顔は優しく、チャーミングでもある[キャンプ中、報道陣から恒例のケーキで誕生日祝い、長嶋監督は2月20日生まれ]


破られたサイン


 春のオープン戦で地方へ出掛けると、長嶋茂雄監督はわれわれ裏方を食事に誘ってくれることがよくあった。

 山口県徳山市では帯同したトレーナーと僕と監督付広報の小俣進さんと6名くらいでフグをごちそうになった。監督はこの日は上機嫌で、このころ少し口にするようになった焼酎のお湯割りを頼んだ。ほんのりと顔を赤らめ、目の前の料理に箸を伸ばす(大きなお皿の「お作り」になった透き通って見えるほどの薄いフグ刺しを箸で4、5枚まとめてすくって口に運ぶ。笑)。

 われわれが料理を堪能したころに、店のおかみさんらしき女性が現れ、かしこまって「監督、申し訳ありませんが、サインをお願いできませんか」と5枚ほどの色紙を差し出した。こういうとき、監督へのサイン色紙依頼の数は常識的な枚数を用意いただくようにあらかじめ小俣さんが根回しを行っている。これを怠ると、百枚くらいの色紙がドンと机に置かれるようなことだってあるのだ。

 監督は快く色紙を受け取り、マジックペンを走らせた。すると「ダメだ!」。監督はいきなり自分の書いた色紙に自らダメ出しをし、その場で書き終えたばかりの一枚の色紙をビリビリと破ってしまった。書き損じたようだったが、あーあ、もったいない……。

 傍にいた小俣さんが監督の破った色紙の切れ端をさっさと両手でかき集める。すると監督は「お前、何してんだ」と強い口調で言った。小俣さんは「破れたものでもいいですから、僕がいただきます」と言ってさらに切れ端を集める。すると監督は「ダメだ、ダメだ。触るな!」とまた強い口調で小俣さんを怒鳴った。失敗したのが監督はとても気に入らなかったようだ。

 僕らはフグを腹いっぱいいただき、帰り支度をする。最後に部屋を出たのは僕だった。忘れ物がないように確かめるためだ。お膳の下を覗き込めば、監督が破ったビリビリの色紙がそのまま置いてあった。誰も周りにいないことを確認し、僕はその色紙を拾い上げ、大切に持ち帰る。

 その色紙はしっかりとつなぎ合わせて、記念として、しばらく僕が大切に保管していたが、近年、名古屋に住む僕と同い年の友人に進呈した。彼は小学生のころから・・・

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