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裏方が見たジャイアンツ

香坂英典コラム 第56回 巨人軍ファンサービス部誕生秘話(中編2)

 

ファンサービス部の一員として筆者[左]も少年野球の指導にあたった


画期的なサービス


 ここで知っていただきたいことがある。実は、このファンサービス元年(※2005年、巨人ファンサービス部がスタート。前回参照)以前の1992年にプロ野球のファンサービスのあり方、野球というエンターテイメントのあり方、そして巨人軍が社会に与える影響、イメージ、そしてメッセージは何であるかを考え、実行に移した例があったということだ。

 それは日本サッカーのプロ化に伴い、あくる年の93年の5月15日にはJリーグが華々しく開幕を迎えるということに起因している、新しい時代の波があったからなのだ。92年に行われたジャイアンツのファンサービスの一環はその危機感の表れだった。まずはその施策の数々を紹介したい。一つ目は、今ではもうなじみの光景となった「東京ドームでの選手の試合開始時のサインボールの投げ込み」だ。本当に画期的で素晴らしいサービスだったと思う。

 まだ広報として駆け出しの僕は当時の広報部長の岡(岡敬)さんに「試合前に守備に就く選手に一人5つのサインボールを用意し、直筆で書いてもらい、守備位置に就いたらスタンドへ投げ込めるように徹底させるのが君の仕事だ」という命令を受けた。

 ただ、球界初の試みであり、今までやっていないことをやるというのは難しいもので、僕は試合前に先発9人の選手のロッカーを一人で回って、サインボールに直筆サインを書いてもらい、守りに就くときに先発する選手に守備位置まで持っていくのを忘れないように促す。それでも「そんな試合前の大事なときにサインなんて書けない」という選手たちの意見が大半で、なかなかそのお願いを聞き入れてもらえず、スタンドにちゃんとサインボールを投げ入れている選手もいれば、ボールも持たず、何もしないでそのまま守備位置に就く選手がいたりして、端から見ると足並みがそろっておらず、おかしな光景にも映ったりしていた。

 それを見た僕の上司の岡さんには「君ぃ、一体どうなっているんだ!」と毎回叱られることばかりだった。サボっているわけじゃない、頼んではいるが選手も真剣勝負を前にプレーの準備もしているのだ。ここは習慣化するまで、僕が地道にこの作業を続け理解を得るしかなかった。とても大変だった……。しかし、画期的なこのサービスはファンにとっては好評だった。こういったファンサービスを行ったのは何を隠そうジャイアンツが球界で一番最初だったのである。

 これもまた今ではファンにはなじみが深い巨人軍のマスコットキャラクター「ジャビット」の登場もあった。91年立案、92年に誕生し、その年のシーズンからジャビットは東京ドームの本拠地に立つ。当時はまだバク転こそしなかったが、その愛らしい仕草や振る舞いはお子さんや女性のファンから人気を博し、認知度を徐々に上げていき、ファン層の拡大、球団のイメージアップにつながる(マスコットキャラクターの初登場は現在の東京ヤクルトの「ヤー坊、スーちゃん」)。

 また、ジャイアンツオリジナルノベルティの配布だって画期的だった。ファンサービスの一環で・・・

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