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裏方が見たジャイアンツ

香坂英典コラム 第65回 先乗りスコアラー編 最終回「うれしかった藤田監督の言葉」

 

3連敗からの4連勝で巨人が日本一。藤田監督を胴上げする


野武士たちの異空間


 1989年、ジャイアンツは近鉄との日本シリーズに向け、川崎にあるホテルでシリーズ合宿を行い、僕はホテルの一室に一人閉じこもり、2日間徹夜をし、データを作り上げた。このときの僕の本音は「足りない、もう少し近鉄の試合を見たかった……」だ。

 近年希に見る三つ巴の優勝争いで、最後にリーグを制したのはダークホース的存在の近鉄だった。偵察チームを一つに絞れず、2人体制で偵察を行ったわれわれが、後手を踏んだと言われてもしょうがない事態だった。ただ、近鉄は言わずと知れた「いてまえ(殺してしまえ)打線」であり、小細工はしない豪快な野球、分かりやすいと言えば分かりやすい、そんなチームであったのが救われたところだった。

 このシリーズ、最後の最後に3連敗4連勝の大逆転というとてつもないドラマが待っていたのだが、今でも語り継がれている「シリーズの潮目」が大きなドラマを呼んだ。

 まず、第1戦は近鉄の本拠地、藤井寺球場。ジャイアンツはシーズン中の甲子園での阪神戦同様、芦屋にあるホテル竹園を宿とし、デーゲームのタイムスケジュールに合わせ、チャーターした観光バス2台で決戦地へ向かった。JR芦屋駅前を出発し、阪神高速道路を東に向かってバスは進んだが、渋滞に巻き込まれた。当然、阪神高速道路の混雑を想定し、時間に余裕を持って芦屋を出発していたが、本来1時間程度の道のりをプラス30分くらいを要して現地に到着した。僕もバスの車中で決戦の移動としては間延びしてしまうような感覚を少なからず感じていた。

 第1戦先発予定の斎藤雅樹らはあらかじめ藤井寺球場の近くに前泊していたので、彼らはバス移動のタイムラグによるストレスは回避できた。ただ、われわれが試合前の練習を始めようとしたとき、仰木彬監督と中西太ヘッドコーチが打撃ケージの後ろにやってきて「えらい混んどったようやね」と藤田さんに話かけてきた。中西さんはとてもニコニコしており、その顔は「疲れたやろ」と言わんばかりだった。その不敵な笑いはとても印象的で、このシリーズの波乱の行方を予感させる出来事だったと僕は振り返る。

 前日の藤井寺球場での巨人の練習ではまず、コーチほか全員で球場の「状態」を確認する。これまでオープン戦などで、この球場でプレーしたことはあっても普段から使い慣れている球場ではない。風向き、方向、日差しの強さ、角度に始まって、マウンドやインフィールドの傾斜、土の硬さや質、人工芝の部分の状態、ファウルエリアの広さ、フェンスの高さ、硬さ、ボールの跳ね返りなど細かいところまでチェックをした。

 われわれが使うレフト後方にあるブルペンに僕が行くと、その入り口は鉄製の分厚い扉があり・・・

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