週刊ベースボールONLINE

長谷川晶一 密着ドキュメント

第二十回 200勝まで残り17勝――石川雅規は「まだまだうまくなれると思っている」/42歳左腕の2022年【月イチ連載】

 

今年でプロ21年目を迎えたヤクルト石川雅規。42歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は177。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2022年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

人生は「小さな決断」の連続だから


42歳で迎えた今季は6勝をマークした石川


 日本シリーズの激闘から1カ月が経過した。12月となり、プロ野球界にはつかの間のオフシーズンが訪れた。しかし、石川雅規に「オフ」はない。全日程終了直後に、個人契約している森永製菓トレーニングラボのトレーナー、栄養士を交えて、オフシーズンのトレーニング法、食事のとり方を練り上げた。「むしろ、オフの方が忙しいんです」と、石川の白い歯がこぼれる。

「シーズン終了後、すでに1カ月間自主トレをしています。秋季キャンプには参加しなかったので、すべてを自分でやらなければならないから、やることは多いんです。もちろん、休もうと思えば休めるけど、今しかできないトレーニングもあるから、この時期は意外と忙しいんです(笑)」

「年間を通じて戦える身体作り」に主眼を置いて、ウエイトトレーニングの負荷を上げた。普段はできないジャンプ系のメニューを積極的に採り入れた。瞬発系を鍛えるアジリティトレーニングも集中的に行っている。

「これまでも、オフの期間はずっとこうしてきたから、“トレーニングをしない”という感覚がないし、身体を動かさないことには不安しか感じないです。この間も、ずっとボールは投げています。指先の感覚だけは絶対に逃したくないので……」

 シーズンを通じて酷使した肩を休めるために、あえてボールを握らない「ノースロー調整」を石川は選択しない。「肩は消耗品である」という考えが一般的になった現在では、少数派なのかもしれない。

「僕自身、大きなケガをしていないからなのかもしれないけど、きちんとトレーニングを続けていればシーズンの疲れも取れるし、肩を痛めることもないと思っています。“肩は消耗品だ”という考え方も分かるけど、僕自身としては“やり方によっては大丈夫”だと思っています」

 公私ともに石川と親交があり、かつては「左の石川、右の館山」と称された館山昌平氏。彼が何度も何度もトミー・ジョン手術を繰り返して投げ続けた姿とはまるで対照的だ。「無事是名馬」という言葉があるように、「ケガをしない」ということも一つの才能なのだろう。なぜ、彼は致命的な故障を回避できているのか? 石川に問うた。

「うーん、どうなんですかね……。人間、毎日生きている中では決断の連続ですよね。プロ21年間で、“今日は無理をしない”とか、“今日はやめておこう”という決断が、たまたまうまくいっているだけなのかな……」

「モノクロではなく、カラフルな絵を描きたい」


 石川が口にしたように、「人生は決断の連続」である。進学や就職、結婚など、人生を左右する大きな決断もあれば、「明日は何時に起きるか?」「和食にするか、中華にするか?」といった日々の些事にいたるまで、人はいつも選択と決断を求められている。「Aか、Bか?」と迷った際に、彼はどのような思考プロセスを経ているのだろう?

「もちろん、Aか、Bか迷うことはよくあります。そのときに意識しているのは、“何となく決めない”ということですね。自分一人で決めるのが難しいときには、周りの人たちに相談しますし、自分で決めなければいけないときにも、Aか、Bか、あるいはZまで可能性を考えて決断するようにはしています……」

 これまで何度も述べてきたように、彼を知る者の多くが「石川さんは質問魔だ」と口をそろえる。決して「自分」がないわけではなく、「他者には自分の持っていないものがある」ということを彼はよく理解しているからだ。そして、「白いキャンバス」を例に挙げて、石川は続ける。

「……たとえば、白いキャンバスがあるとしますよね。そこに絵を描くときに自分の色だけだと単色になってしまうけど、誰かの意見を取り入れることでいろいろな色がつく。そうしてカラフルな絵ができあがると思うんですよね」

 石川の話を聞いていて、いつも感心させられるのは「絶妙な比喩表現」だ。決して、難解な事例ではなく、子どもでも分かりやすい表現で、それまでの話を自ら補完するのだ。感心して聞いていると、彼はさらに続けた。

「もちろん、単色のモノクロの絵もすてきだと思います。でも、野球というスポーツは一人ではできないから、多くの人の協力や支えが必要になります。やっぱり、一人では何もできないので、僕はモノクロではなくてカラフルな絵にしたいと思っています」

 2022年シーズン、通算3000イニングを達成したときに、石川は「みんなで取ったアウトだから、みんなに感謝したい」と口にした。キャッチャーがいるから投げることができる。バックで守る野手がいるからアウトが取れる。こうして、百花繚乱のカラフルな3000イニング、9000アウトが実現したのだ。そのありがたさを心から実感しているからこその言葉だった。

去りゆく、スコット・マクガフ、そして寺島成輝へ


マクガフ[左。右は中村悠平]はメジャー復帰を目指して、今年限りでチームを去った


 毎年のことであるが、オフシーズンになると新たな選手が加わる一方で、ともに汗を流してきたチームメイトがチームを去ることになる。セ・リーグ連覇の立役者となったスコット・マクガフの退団が決まった。

「同じチームで、一つのボールを追いかけてきた仲間が去ることは寂しいですね。仲間だから、彼の決断を応援したいけど、本当にナイスガイだったから、寂しい思いはやっぱり強いですね……」

 望まれて新天地に臨むマクガフとは対照的に、プロ6年目、24歳の寺島成輝は戦力外通告を通達された。ドラフト1位、大きな期待を背負ってのプロ入りではあったが、なかなか思うような結果を残せなかった。石川の心境は複雑だ。

「もちろん、選手同士はライバルであり、自分の居場所は自分で確保しなければいけないのがプロの世界です。でも、同じ左投手として、何か彼の力になることはできなかったのか? 年長者として、何かいいアドバイスを与えることはできなかったのか? 人って、ほんの小さなひと言でも変わることができるんですよ。だから、“そのきっかけを与えることができなくて申しわけなかったな”という思いはありますね。彼は仲間だし、ホントにいい後輩でしたから……」

 結果を残せずに球界を去る者たちは、「必ずしも練習嫌いでも怠惰でもなく、人間的に問題があったわけではない」と、石川は言う。「いくら努力しても、結果に結びつかないことはよくある」とも口にした。

「プロの世界で21年間もやってきたから、僕が言うことは、“何を言っても正解”のように聞こえるのはちょっと歯がゆいんですけど、僕なんかより、めちゃくちゃ努力している人もいました。それでも結果が残せずにチームを去っていった人もいました。逆に、それほど努力しているようには見えなくても、結果を残せた選手もいました。こればっかりは、いまだに僕にもよく分からないです……」

 成功への近道はないように、成功への正解もない。日々の小さな決断を繰り返しながら、自分が理想とする「カラフルな絵」を描くべく、自分の信じた方法でコツコツと努力を積み重ねていくしかない。その結果が、プロ22年目への足がかりとなり、彼が目標としている「200勝」への道のりとなるのだろう。だから石川は、日々を漫然と過ごすことはしない。常に目標を設定し、そのための方法を模索している。

「今、山下(輝)から教わったワンシームを自分なりにアレンジして練習しているんです。フォーシームとツーシーム、そしてワンシームを投げ分けてみようと思います。これがハマったら、面白いことになると思うんですよね」

 相変わらず、その口調は力強い。これまでと同様、「自分で自分に期待している」ことがよくわかる。シーズンが終わって間もないにもかかわらず、「早く実戦で試したい」という思いがストレートに伝わってくる。

「まだまだうまくなれると思っているので、すごく楽しみなんです。今は、小学校入学前の子どものような心境ですね。“友だち100人できるかな?”って(笑)」

 最後の最後まで、実に分かりやすい「例え」で、石川は一年の終わりのインタビューを締めくくった。プロ21年目となった2022年シーズンはこうして幕を閉じた。目標とする200勝まで、残り17勝だ――。

(第二十一回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

書籍『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』ご購入はコチラから

連載一覧はコチラから
HOT TOPICS

HOT TOPICS

球界の気になる動きを週刊ベースボール編集部がピックアップ。

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング