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石田雄太の閃球眼

カープの胴上げは実に美しかった。そこにこめられた意味とは?/石田雄太の閃球眼

 

地元・広島でとても美しい胴上げを見せたカープナイン


 人生で初めて買った野球マンガは『侍ジャイアンツ』(梶原一騎、井上コオ)の第5巻だった。それがなぜ1巻でなく5巻だったのか、ハッキリとは覚えていないのだが、野球に興味を持って、小遣いを貯めれば買える1冊250円の野球マンガを買おうとしたら、“ジャイアンツ”のタイトルに目を奪われたのだろう。

その5巻は主人公の番場蛮がジャイアンツ寮で朝、目覚めるところから始まる。起き上がっていきなりの雄叫び、ただならぬ緊張感が漂っていた。どうやらこの夜、番場はプロ初先発をすることになっていたらしい。じつはそのとき、まだ野球を覚えたばかりの小学生は先発の意味も分からず、番場はプロで初めて投げるのだと思い込んでいた。後日、手に入れた1巻から4巻の間、番場が(リリーフで)何度も投げている場面を読んで、不思議に思ったものだ。

 じつは侍ジャイアンツの1巻を買ったとき、初めて知ったことがあった。それが胴上げである。この物語は1970年、ジャイアンツがV6を達成したシーンから始まる。ワッショイ、ワッショイの掛け声とともに両手を高々と突き上げて宙に舞う、川上哲治監督。プロ野球は優勝すると監督を胴上げするものなのだ、ということを初めて教えてくれたのがこのマンガだった。いつの日か、ジャイアンツの胴上げを、テレビではなくナマで見たいと、強く思ったものだ。

 しかしながら、応援するプロ野球のチームの胴上げをナマで見られるチャンスはそうあるものではない。名古屋で生まれ、静岡でプロ野球に出会い、ふたたび名古屋に戻ったときにはジャイアンツファンになっていた。名古屋という街でジャイアンツファンを貫くのは簡単ではない。周りをドラゴンズファンに囲まれ、いつしか“アンチ”のついたドラゴンズファンにもなった。小松(辰雄)だ都(裕次郎)だ、田尾(安志)だ谷沢(健一)だと騒ぐドラゴンズファンに対抗して、江川(卓)だ西本(聖)だ、原(辰徳)だ中畑(清)だと叫び、ジャイアンツを応援した。ジャイアンツの胴上げをナマで、しかもナゴヤ球場で見られるチャンスは限りなく少ない。だから東京の大学へ行きたいと願い、実際に4年間を東京で過ごした。その時点で、ジャイアンツの胴上げを球場で見ることは悲願となっていた。

 大学に通った4年間は1984年から87年。カープ、タイガース、カープが優勝し、ジャイアンツは3年間、リーグ優勝から遠ざかった。当時、4年間に1度も優勝を味わうことなく卒業しなければならなかったジャイアンツファンの大学生は1人もいなかった(つまりジャイアンツは4年連続V逸が1度もなかった、その後、今年も含めて2度の4年連続V逸がある)。

 だから1987年は球場へ通い詰めた。人生で初めての胴上げを見たい……全国どこへでも駆けつける覚悟はできていた。それでもその夢は叶わなかった。ジャイアンツが優勝を逃したのではない。移動日に優勝が決まり、王貞治監督の胴上げはこともあろうに広島の宿舎で行われたからだ。

 今年、カープは地元での胴上げを叶えた。1991年以来、27年ぶりのことだったという。人生で初めてナマで胴上げを見たというカープファンは多かったことだろう。今年のカープは、そんな感涙に相応しい、全員が監督を囲む美しい胴上げを見せてくれた。今や、センターカメラを意識して、数人の選手が、胴上げされている監督に背を向けながらぴょんぴょん跳ねるシーンは珍しくなくなった。これは1987年、ジャイアンツを破ったライオンズが始めたことだと聞く。ナマでジャイアンツの胴上げを見るチャンスだったその日本シリーズ、西武球場の外野席で悔し涙に暮れながら見つめた覚えがある。

 胴上げには祝福と感謝の意があると聞いた。合格などの個人を祝う胴上げが祝福なら、優勝をわかちあう選手たちが監督を胴上げするのは感謝の意味合いが強いはずだ。そのとき、感謝すべき相手に背を向けているということがどういうことなのかを考えるべきだと思う。うれしいんだからいいじゃないかという見方もあるかもしれない。確かに、初めてあの光景を見たときには“新人類”と呼ばれた若い選手たちのエネルギーを感じて、それはそれで微笑ましく映ったものだった。今年のライオンズにしても、胴上げの輪に背を向けて飛び跳ねていたのは、主にブルペンのピッチャーたちだった。89番のユニフォームを投げ上げながら、きっと亡き森慎二コーチに感謝の意をささげたかったのだろう。

 それでも、胴上げの意味を理解し、どんな立ち居振る舞いを示すかということは、ファンの想いを背負う選手たちの責任でもある。優勝し、喜び、監督に感謝する――それが胴上げの本来の意味なら、今年のカープのように、全員が監督を囲んで、ファンに美しい胴上げを見せてほしいと願う。

文=石田雄太 写真=BBM
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