5年間、野球実況から離れていた斉藤一美アナウンサー。今季から現場復帰を果たしたが、ライオンズをこよなく愛する男の目に映る現在のチームは――。 
中山ならきっと再びはい上がってくるはずだ[写真=山口高明]
去年の10月19日、縁あって
松坂大輔の引退登板をドームでしゃべった。その試合は最後まで実況させてもらったのだが一つだけ気になったことがあった。
山川穂高と
森友哉を除く打者の放つ打球が、ことごとく弱かったのだ。私が野球の現場から離れた5年間でリーグ連覇も達成しながらなぜこんなことに……と得も言われぬ寂しさを感じたが、ゲーム終了時に合点がいった。これが最下位ということなのだ。目標を失った者に溌剌(はつらつ)としたプレーを望むのは、酷だ。突きつけられた現実は弱々しい打球で表現されていた。
今春、何かに導かれるように私は『文化放送ライオンズナイター』の実況アナウンサーとして復帰したが、冒頭で触れた2021年ホーム最終戦という名の絶望空間に身を置けて幸運だった。所沢へ移転後に黄金時代を築き栄華を極めたチームが時間をかけて堕(お)ちるところまで堕ちた。しかし「最下位」は再起の一歩を力強く踏みしめる「大地」となり得る。あとは頂まで這い上がるだけだ。その過程にある標高ゼロメートル地点は、去年の10.19をおいてほかにない。今や私はこれからのライオンズに起こる森羅万象を見続け、時にはしゃべる資格を与えられたのだ。そうなるとすべてのプレーが愛おしい。ありとあらゆる不運や失敗が明日への糧となる。その最たるものが、今季なら
中山誠吾のエラーではないだろうか。
5月6日、
日本ハムとのカード初戦で絶対的存在の
源田壮亮が右足に自打球を当て骨挫傷を負った挙句、翌日に一軍登録を抹消された。
辻発彦監督が代役として起用した選手は
山田遥楓でも
山野辺翔でもなく大卒ルーキーの中山。プロ初出場初スタメンの大抜擢だ。
内海哲也の後ろで二度の守備機会を無難かつ大物感溢(あふ)れる動きでこなしたまでは良かったのだが、2番手・
平井克典に代わった6回表、投手前に転がったバント処理後の二塁送球を中山はポロリとこぼしてしまった。併殺を狙えたプレーだった。残されたランナーは適時打と犠飛で生還。内海の白星は消え、平井は敗戦投手に。打席での中山は三振、右飛、捕邪飛。あまりにほろ苦いデビュー戦だった。しかもその後の3試合で出場機会がないままファームへ逆戻りとなったのだ。
中山と入れ替わりで昇格したのが育成選手だった
滝澤夏央。その活躍ぶりは読者の皆さんもご存じだろう。一歩目が早い守備は言うに及ばず、センターから逆方向へ放つライナー性の打球にも魅力を感じる。
ソフトバンクの
津森宥紀から放った左翼線へのヒット、日本ハムの
金子千尋を驚かせたであろう初回の中前打、
ヤクルトの
清水昇に追い込まれてからのフォークを見極めて高めに来た直球を弾き返す中前打などを見ていると、全盛期の
高木浩之を彷彿とさせるしぶとさだ。ワンチャンスを生かせなかった中山とワンチャンスを生かしたただけにとどまらず長足の進歩を遂げた滝澤。勝負の世界は何と非情かつ甘美なのだろうか。
しかし、私はすでに中山誠吾に魅了されている。ゴールデンウィークにベルーナドームで開催されたイースタン・リーグのヤクルト戦で彼を初めて目にしたときから、ずっと。その大きな体躯と打席での立ち姿はライオンズの内野手では稀有なシルエットだ。プロにあるべき「華」がすでに備わっている。再び一軍切符をつかみ取るまでは、週末の二軍の試合中に突然ドームから聞こえてくる大歓声を否(いや)が応でも耳にしなければならない。少しでも彼の地の緊張感を味わったなら「必ず戻ってみせる!」という気持ちはますます募っているはずだ。中山が屈辱を乗り越えて大活躍する日の到来が、もうすでに待ち遠しい。
PROFILE さいとう・かずみ●文化放送アナウンサー。54歳。報道ワイド番組のキャスターを経て、この春から『ライオンズナイター』に復帰。実況、とりわけ絶叫を担当。12球団順位予想は毎年「ライオンズ日本一」の一言で終わらせる。モットーは「完全描写」。いまだ道半ば。今季はやけにライナーゲッツーの場面に遭遇。