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愛すべき助っ人たち

もともとローズは「おまけ」ベイスターズ初代四番、破壊力と安定感を兼ね備えた長距離砲ブラッグス【愛すべき助っ人たち】

 

乱闘のあったシーズンがキャリアハイ


週刊ベースボールでパンチョ伊東氏[右]のインタビューを受けたこともあった


 1993年は、ベイスターズ元年。2リーグ制がスタートした50年のセ・リーグでプロ野球に参加した大洋が、チーム名を横浜ベイスターズと改めたシーズンだ。この93年に入団して、98年の日本一に四番打者として貢献した助っ人がロバート・ローズだが、この93年、ローズを圧倒する期待を集めていた助っ人がいた。グレン・ブラッグス。古くから助っ人の獲得で成功を続けてきたチームの新しい幕開けを飾ったのは、メジャーでワールド・シリーズ制覇を経験した長距離砲だった。

 開幕から四番打者を務め、ベイスターズの初代四番となったブラッグス。最初こそ日本のプロ野球に対応するのに苦労したものの、じわじわと真価を発揮するようになり、6月には打率.485で月間MVP、7月には29試合連続安打と大当たり。だが、この来日1年目は、これで打ち止めとなる。神宮球場のクラブハウスで階段を踏み外した際に右手の小指を骨折していたことが判明して、離脱。残りのシーズンを棒に振った。ただ、それまでの72試合で19本塁打、もちろんシーズン規定打席には到達していないが、打率.345の安定感。このアクシデントがなければ、首位打者や本塁打王などの打撃タイトルに輝いていた可能性も高いだろう。

94年6月22日の中日戦では乱闘騒ぎを起こした


 その鬱憤を晴らすように爆発したのが翌94年だった。6月22日の中日戦(ナゴヤ)で与田剛から左手首に死球を受け、「与田の態度が挑発的だった」と激高、乱闘となり、10日間の出場停止処分を受けるハプニングこそあったものの、開幕から驚異的な飛距離の本塁打を量産。球宴では3打点をマークした第2戦のMVPに輝き、ペナントレースでは最終的にリーグ5位の打率.315、ともにリーグ2位の35本塁打、91打点を残している。

 一方で、もともとは「ブラッグスのおまけ」とさえ言われていたのがローズ。やはり1年目から結果を残し、安定した活躍を続けていたが、95年からブラッグスは故障もあって失速していき、96年オフに退団、現役を引退した。それでも、在籍した4年間で通算打率.300。長く遠ざかっていた歓喜に近づきつつあった時期を象徴する助っ人だった。

写真=BBM
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