日本から世界の舞台にはばたいた男たちをはじめ、数多くのスター選手を輩出。伝統のナンバーは誰に受け継がれるのか──。 
二刀流でセンセーショナルな活躍を見せた大谷。「11」の輝かしい系譜はこの先どう紡がれていくのか
ダルと大谷が刻んだ背番号「11」の重み
2004年の北海道移転後からチームの“アンタッチャブルナンバー”になっているのが「11」。かつては2000安打を達成した
大島康徳(1988-94)の印象が強かったが、05年に入団した
ダルビッシュ有、さらに投打の二刀流でプロ野球史に名を刻んだ
大谷翔平の台頭で新たなエースナンバーとなった。大谷のメジャー移籍後も今季を含めて3シーズンにわたって「空き番(準永久欠番)」扱いとして現在も大切にされている。
背番号の決定権を持つ吉村浩GMは「彼らが背負ってきた11はファイターズにとって大事な番号」と思い入れも強いだけに、次にこの栄光のナンバーを誰が着けるのかはファンならずとも興味深い点だろう。
チームの特徴の1つでもあるが、エースナンバーは時代ごとに変貌を遂げてきた。古くは“駒沢の暴れん坊”とも言われた東京時代に
土橋正幸(58-68)が背負っていた「21」が最初のエースナンバーとも言える。その後もサイドハンドで活躍した
高橋直樹(69-80)、トレンディーエースとして一時代を築いた
西崎幸広(87-97)らも21を着けた。
その後は
白木義一郎(46-51)を筆頭に、
高橋一三(76-83)、
岩本勉らが背負った「18」も時代を担ってきたエースたちの背中で輝き続けてきたナンバーだ。
近年は一時期、外野手の
岡大海(現
ロッテ)が17〜18年の2年間だけ18を着け、21も投手ではなく、野手の
清宮幸太郎が継承。このあたりも固定概念にとらわれない革新的な
日本ハムらしいとも言える。
令和の新時代。
有原航平が背負う「16」、大ケガからの復活を期す
上沢直之の「15」など、新たなエースナンバーがまた誕生するのか。さらにレジェンドナンバーの11の後継者はいつ現れるのか。背番号が紡ぐ物語は続いていく。
近藤が作る新たな「8」、「1」の復権はなるか
背番号「8」の系譜の中で間違いなくその名を刻むバッターになりつつあるのが
近藤健介だ。
西川遥輝の8→7への変更(下欄参照)で16年から8を背負い、天才的な打撃センスで今や球界でも指折りのヒットメーカーに成長を遂げた。
チームの歴史的にも8は東京時代の
山本八郎(56-62)、ファン人気も高かった
島田誠(80-90)、強力ビッグバン打線の中核を担った
片岡篤史、鉄壁の守備が光った
金子誠ら個性豊かで多士済々なメンバーが背負ってきたナンバーだけに、今シーズンからチームと新たに3年契約を結んだ近藤がどこまで成績を伸ばすのか。過去の名選手たちを超える飛躍を今後も期待したい。

天才的な打撃センスで打線の中心を担う近藤。実力で背番号「8」を自分のナンバーにした
ほかにはここで触れておきたいナンバーであり、忘れてならないのは「1」だ。歴代の1を着けてきた選手の顔ぶれは全番号の中で一番バラエティーに富んだプレーヤーが多いと言ってもいい。まず思い浮かぶのは堅守で鳴らした
大下剛史(67-74)であり、ハッスルプレーでファンを沸かせた
広瀬哲朗(86-98)、さらに04年に現在の北海道日本ハムファイターズの礎を作った希代のエンターテイナー・SHINJO(
新庄剛志)など、チームの顔とも言える人気選手が着けてきた。その後もSHINJOイズムを受け継いだ
森本稀哲、台湾のスーパースターに成長する
陽岱鋼が1番で躍動した。
それだけに奮起が待たれるのが現在1を背負う
斎藤佑樹。17年からエースナンバーの18から1に変更。高校、大学時代に着けてきた愛着ある番号で原点回帰で再出発した。歴代のスター選手たちが着けてきた由緒あるナンバーをもう一度輝かせられるか。背番号1の復権を多くのファンが待っている。
わがチームのこだわり男!西川遥輝「7」 目標だったあこがれのナンバー「7」
入団6年目の2015年に一度は1ケタの「8」を手にした。球団からの期待の表れであったが、西川遥輝には焦がれていた番号が別にあった。
糸井嘉男が背負っていた「7」。同じ俊足巧打の外野手としていつかは追いつき、追い越したいと思いながら背中を追ってきた存在。糸井がFAで移籍後は
大引啓次らが背負ったが、16年に7が空いたときに8からの変更を自ら申し出た。1ケタのナンバーをわずか1年で変えるのは異例だったが、球団も了承。「自分への試練だと思っています。7が似合う選手になりたい」。数年後、その言葉を西川は結果で見事に証明してみせた。
日本ハム 特別な背番号
エースナンバー「11、18」 次代のエース吉田輝への期待 11と並んで球団のエースナンバーと言えるのは「18」だ。東京時代は岩本勉が長きにわたって着け、その系譜は斎藤佑樹、岡大海を経て
吉田輝星(写真)へと受け継がれた。秋田・金足農高のエースとして2018年夏の甲子園を沸かせた右腕。ポテンシャルの高さと天性のスター性はこの男にしかないもの。吉田輝が新たな18番ストーリーを紡いでいく。
出世ナンバー「26」 糸井、西川に続け! かつては糸井嘉男、西川遥輝も着けたチームの出世番号である「26」を受け継いだのは
淺間大基(写真)。入団当時からその類まれな打撃センスには首脳陣も熱視線を送り続け、昨シーズンは外野だけでなく三塁にも挑戦させるなど可能性を探り続けている。だが相次ぐケガでその才能を開花できずにいるだけに、何とか殻を破って26を背負ってきた先輩たちに続きたい。
チームリーダー「6」 伝説のスターナンバー かつて「ミスターファイターズ」と呼ばれた
田中幸雄。その番号を2008年から受け継いだのが
中田翔(写真)。高校通算87本塁打のスラッガーとしてチームに加わった。入団2年目からレギュラーに定着し、その後は日本を代表するバッターに成長。18、19年は主将としてもナインをけん引している。今季も背番号「6」が打線の中心にどっかと座る。
永久欠番&準永久欠番「100、86、11」 名物オーナーと熱血監督の背番号 日本ハムには唯一の永久欠番がある。初代オーナーである故・大社義規氏(写真右)の「100」。チームと選手たちを愛し、また人間的な温かさでも多くの人に愛された名物オーナーだった。ほかに準永久欠番扱いなのは“親分”こと
大沢啓二氏(写真左)の「86」と大谷翔平が背負っていた「11」。「0」と「00」も2007年以降は誰も着けていない。