横浜高で甲子園春夏連覇を果たし、平成の怪物として注目を浴びた松坂大輔。ドラフト1位で西武に入団した1年目も周囲の喧騒に惑わされることなく、“怪物”らしい成績を残した。 
あどけない顔の18歳が球界を席巻した
騒然とした雰囲気も意に介さない
東尾修監督は苦笑いした。
「『後ろ(二塁方向)からマウンドに立て』と言って送り出したんだ。なぜなら、マウンドに上がったときに捕手との距離が視覚的に近くに見えるから。でも、そんな些細なアドバイスは必要なかったかもしれない」
杉本正投手コーチは驚嘆した。
「試合前のブルペンでは驚かされました。キャンプ、オープン戦を通じて一度も見たことのない素晴らしい球を投げている。『何なんだ、コイツは?』と思いましたね」
1999年4月7日、
日本ハム戦。本拠地・西武ドームではなく、敵地デビューとなったのは東京ドームが本格派向きの傾斜が急なマウンドだったからだが、松坂は周囲の期待をはるかに上回る投球を見せた。
立ち上がり、二者を打ち取って迎えた三番・
片岡篤史との対決で球史に残る1球が飛び出した。初球、内角低めのカーブがボール。2球目、外角低め直球をファウル。3球目、真ん中高めスライダーがボール。4球目、真ん中低めスライダーが見逃しストライク。カウント2ストライク2ボールで迎えた5球目だ。内角高めに投じた直球はうなりを上げて
中嶋聡のミットに吸い込まれていった。見逃せばボール。しかし、片岡はフルスイングでの空振りの末によろめいた。
「155キロ」
電光掲示板の文字が白く光り、東京ドームに詰めかけた4万4000人の大観衆のどよめきが起こった。
片岡いわく「パンと光ってパッと消える」スライダーも威力を発揮し、その後も松坂は日本ハム打線を手玉に取る。さらに、「なにしろ野球でびびったことが一度もない、と言うんです」とチームメートの
金村義明が証言する気の強さも垣間見せた。
5回裏、二死無走者の場面だ。
フランクリンに対して2ストライク1ボールからの4球目。内角高めに投じた直球に助っ人が過剰反応し、バットを振り上げ向かってきた。しかし、松坂はひるまない。マウンド上でアゴを突き出してファイティングポーズを崩すことがなかった。
「そういう作戦でくるのかと、ムッとしました」
あわや乱闘の騒然とした雰囲気にも動揺することはない。5球目は内角低めへスライダー、6球目は内角真ん中へ直球といずれもボールで四球となったが、逃げ腰にならずフランクリンの懐へと投げ込んだ。
その後の打者を打ち取り、5回も日本ハム打線をゼロに封じたが、それだけではない。ここまで1本の安打も許していなかった。大記録への期待もふくらんだ6回一死、
小笠原道大にセンター前に落とされ、球場はため息に包まれた。8回一死からはまたも小笠原に2ランをバックスクリーンにたたき込まれて初失点。完封の夢も立たれたが、8回2失点、9奪三振でプロ初勝利をマークした。
「いいピッチングフォームで投げられました。投げていて楽だったんです。155キロ? 球速は見ていませんでしたが、いいフォームだったので自然と出ました」
イチローに対しても自分のペースで
5月16日には西武ドームで
オリックス戦の初先発を果たす。ここまで5試合に投げ、2勝2敗、防御率1.96。前回の近鉄戦で指の不調を訴えて途中降板しており、中12日のマウンド。あらためて真価が問われる一戦で、前年まで5年連続首位打者と、日本球界最高の安打製造機として君臨していた
イチローと対戦することになった。
右飛、空振り三振で立ち上がり、迎えたイチローとの初遭遇。初球、149キロの直球が低めに外れた。2球目は153キロの高め直球をファウル。3球目のスライダーはボール。松坂の投球間隔はだんだん短くなっていく。4球目、バットを掲げてから構えに入るイチローのルーティンを無視するかのように松坂は振りかぶり始めた。まだ、バットを体の前で1回転させようとしたイチローは、うつむき加減にタイムを要求して外した。カウント2ストライク2ボールからの6球目を投じる前にもイチローは同様に打席を外した。大打者だろうと関係ない。松坂に目の前の打者をなぎ倒す本能がほとばしっているのを感じさせた。最後はその6球目。外角への147キロ直球でイチローを腰の引けたスイングの空振り三振に仕留めた。
第2打席は外角スライダーで見逃し三振、第3打席も外角スライダーで空振り三振。第4打席は力が入り過ぎて四球だった。「イチローさんは真っすぐで抑えたかったから、第1打席の空振り三振が一番うれしかった」と松坂。イチローから3三振を奪い、8回無失点で3勝目。お立ち台では名言が飛び出した。
「これまでは何か自信がなかったけど、今日で自信が確信に変わりました」

イチローとの初対決では3奪三振。天才打者を圧倒した
イチローは「あれだけ真っすぐが速くて、変化球が強いのは素晴らしい。久しぶりに勝負以外のところで楽しめた」と手放しで称賛したが、この対決を機に、再加速した松坂の1年目はまさに記録ずくめとなった。2リーグ制後、高卒新人で16勝をマークしたのは
宅和本司(南海)、
梶本隆夫(阪急)、
稲尾和久(西鉄)、
尾崎行雄(東映)、
池永正明(西鉄)、
堀内恒夫(
巨人)に次いで史上7人目。ドラフト制後の高卒新人では堀内と並ぶ最多タイの勝ち星で、高卒新人最多勝は宅和以来、45年ぶりの快挙となった。
マウンド上では高校時代から相手チームの応援歌をつぶやく。怖いもの知らずの18歳。オフに
黒木知宏(
ロッテ)と対談した際には「1年間、絶好調で過ごせたら、30勝ぐらいできるんじゃないか?」と聞かれ、「ハイ」と簡単に言い切ったという。「普通は『無理ですよ』とか『できません』と言うのに、そのとき、ホントにこいつはすごいヤツだと感心しました」と黒木は言った。
杉本投手コーチは松坂のことを“野球少年A”と呼んでいた。「野球が本当に好きなんですよね。パ・リーグはDH制で打撃ができないことが不満らしいし、ランニングは嫌いなのに、グラブを着けての外野ノックでグラウンドを走り回るのは嫌じゃないみたいです」と目じりを下げた。先輩投手も松坂と話していると、自然と18歳の顔になっていたという。
野球に対する圧倒的な自信と無垢な心。“平成の怪物”と呼ばれた松坂は不思議な魅力にあふれていた。
■1年目の主な記録 「高卒新人の初登板初勝利」※ドラフト制施行の1966年以降の入団投手では11人目/4月7日日本ハム戦(東京ドーム)
「高卒新人の完封勝利」※プロ13人目/4月27日ロッテ戦(西武ドーム)
「高卒新人の1安打完封勝利」※2リーグ制では6人目/7月13日近鉄戦(西武ドーム)
「高卒新人の1試合15奪三振」※プロ2人目/9月2日日本ハム戦(西武ドーム)
■1年目の主なタイトル 新人王
最多勝(16勝)
月間MVP(7月)
ベストナイン
ゴールデン・グラブ賞
オールスター新人賞
オールスター最優秀選手(第1戦)
サントリーカップ優秀新人賞
PROFILE まつざか・だいすけ●1980年9月13日生まれ。東京都出身。右投右打。横浜高から99年ドラフト1位で西武入団。1年目から16勝を挙げ最多勝、新人王を獲得。その後、最多勝2度、最多奪三振4度、最優秀防御率2度。2001年には沢村賞。07年からはレッドソックス、13年からメッツへ。15年からは
ソフトバンク、18年からは
中日。今季、西武へ14年ぶりに復帰した。NPB通算成績218試合登板、114勝65敗1セーブ、防御率3.04