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長谷川晶一 密着ドキュメント

第十八回 強くなる日本シリーズ連覇への思い――再び始まる「勝負の秋」/42歳左腕の2022年【月イチ連載】

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今年でプロ21年目を迎えたヤクルト石川雅規。42歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は177。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2022年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

連覇の瞬間――意外にも冷静だったその理由


連覇を達成してファンの声援に応える石川[左は高津監督]


 ルーキー・丸山和郁の放った打球がショートの頭を越えて左中間に抜けていった瞬間、一塁側ベンチからヤクルトナインが飛び出した。キャプテンの山田哲人は人目もはばからずに泣いていた。その山田を、令和初の三冠王となった村上宗隆がねぎらう。

 2022(令和4)年9月25日――。

 この日、東京ヤクルトスワローズは球団史上9回目となるセ・リーグ優勝を決めた。前年の21年に続いての快挙であり、リーグ連覇は1992(平成4)年、そして翌93年に野村克也監督が宙に舞って以来のことだった。

 高津臣吾監督が神宮の夜空に舞い、勝利監督インタビューが終わると、真中満監督時代の2015年以来となるグラウンド内での公開ビールかけが行われた。多くのファンが見つめる中で、選手たちは歓喜の瞬間を存分に満喫していた。

 センターバックスクリーンの大型ビジョンには、次々と選手たちのインタビューが映し出される。もちろん、石川雅規の姿もそこにはあった。

 しかし――。

 満面の笑みを浮かべてインタビューに応じていた他の選手たちと比べて、淡々と受け答えしている姿が印象的だった。決して喜んでいないわけではないものの、どこか冷めたような様子が見受けられたのだ。

「そうですね、意外と冷静だったです……」

 石川にとって初めての優勝体験は、前述した真中監督時代の15年のことだった。

 このとき彼は、盟友である館山昌平と抱き合い、全身で喜びを爆発させていた。プロ14年目にして初めて味わう歓喜の瞬間。後に、家族や友人たちから「あんなに嬉しそうな姿は見たことがなかった」と言われた。

 しかし、彼にとって三度目となる今回のリーグ制覇は「意外と冷静だった」という。

「……別に冷めていたというわけではないんです。でも、どこかに冷静な部分があって、次を見据えていた感覚がありました。もちろん、ファンのみなさんの前でビールかけができる喜びは大きいんですけど、その一方ではこれから始まるポストシーズンに向けて意識が向いていました」

 そして、石川はポツリとこんな言葉をつぶやいた。

「欲張りになっているんですね……」

 続く言葉を待った。石川は照れたように言う。

「リーグ優勝、セ・リーグ連覇はすごく嬉しいんですけど、その先の戦いで日本一になって、さらに満面の笑顔で日本一のビールかけをしたい。そんな思いだったんだと思います。嬉しいのは確かなんだけど、もっともっと欲張って、日本一をファンのみなさんと一緒に祝いたい。そんな思いが強かったんだと思います」

 これまで、何度も何度も「もっとうまくなりたい」「もっと勝ちたい」という言葉を聞いてきた。あるいは「投げる試合は全部勝ちたい」とも言っていた。

 かつて、石川がこんな言葉を口にしたことがあった。

「たぶん、自分が投げた試合にすべて勝ったとしても、必ずどこかしら反省点は見つかるはずだから満足しないと思います。欲張りなんです、僕は(笑)」

 優勝を決めた瞬間でさえも、石川は真っ直ぐ、前を、その先を見据えていたのだ――。

「投げた試合は全部勝ちたかった……」


 10月3日をもって、ヤクルトは22年シーズンの全日程を終えた。

 143試合80勝59敗4分、勝率.576――。

 両リーグ唯一となる80勝を記録し、2位・横浜DeNAベイスターズに8ゲーム差をつけた見事な優勝劇だった。石川は16試合に登板して6勝4敗、防御率は4.50という成績に終わった。通算183勝、200勝までは「残り17勝」となった。

 この結果を、本人はどう振り返るのか? 

 質問を投げかけると、その表情は曇った。

「いやぁ、もうちょっと勝ちたかったですね。やっぱり、去年の方が内容がよかったという思いもあるし、やっぱり全部勝ちたかったですから……」

 やはり、欲張りで貪欲な姿勢は変わらなかった。

「……今年は序盤にポンポンと失点を喫してしまうケースが、去年よりも多かったです。先発投手として、最低5回までを投げ切って試合を作るということはできたかもしれないけど、打たれた場面、打たれた試合の記憶が鮮明に残っています。そこはやっぱり、悔しさが残りますよね」

今季最も印象に残っているのは青木[左]と共にお立ち台に上がった4月23日の阪神戦だという


 22年の登板試合で印象に残っている試合は? そんな質問を投げかける。少しの間、思いを巡らせた後に石川が挙げたのは「青木とお立ち台に上がった試合」だった。

 4月23日の阪神タイガース第5回戦(神宮)、石川は6回無失点の好投を見せて、シーズン初勝利にして、入団以来21年連続勝利を達成した。1対0の接戦、シーズン第1号となる決勝ホームランを放ったのが野手最年長の青木宣親だ。

 この連載の第14回でも言及したように、試合終了後のお立ち台では青木が喜びを爆発させ、石川は「青木がはしゃいでいたから、僕ははしゃぐのをやめた」と笑っていた。このとき青木は「石川じいさん」と言い、石川は「青木おじさん」と口にした。

「今年も印象的な試合はたくさんあったけど、年の近いノリ(青木)と一緒にお立ち台に立ったあの試合がやっぱり印象深いですね」

 4回裏、ホームランを打った青木がベンチに戻ってくる。ダッグアウト後列に座っていた石川は、5回表の投球に備え、集中力を高めている。そして、ベンチ裏を目指す青木と石川が一瞬だけ交錯する。石川が右手を差し出す。青木がそれに応じる。無言のまま交わされたグータッチ。

 それは、ベテラン二人による「名シーン」だった。

 この場面について問うと、はにかんだ表情を浮かべながら石川が振り返った。

「もはや、グータッチの必要もないほど、ノリとは阿吽の呼吸の間柄なんですけどね(笑)。特に意識もなく、軽い気持ちで“ナイスバッティング!”という思いで腕を伸ばして、彼も無意識にポンってタッチして。そんな瞬間でした」

 22年シーズンを象徴する、忘れがたき名シーンの一つだ。

去り行く仲間たちへの惜別の言葉


シーズン最終戦で引退セレモニーを行った左から坂口、内川、嶋


 シーズン全日程が終了し、多くの仲間たちがユニフォームを脱ぐことになった。

 10月3日、神宮球場で行われたシーズン最終戦で、坂口智隆内川聖一、そして嶋基宏が引退セレモニーを行った。石川にとっても、それぞれにそれぞれの思い出がある。「開幕二軍」で迎えた21年シーズン�△箸發縫侫 璽爐粘世鯲�靴臣腓任發△襦�

「それぞれ実績があるにもかかわらず、チーム事情でなかなか一軍に上がれない時期をともに過ごしました。それでも、あの3人は決して腐ることなく、しっかりと準備をしていました。その姿を見て、“これが本当のプロなんだな”と思いました。日頃の生活態度、練習態度は、若手たちにとんでもなく大きな影響を与えてくれたと思います。長年の経験があるにもかかわらず、決して偉ぶらない。若手としっかりコミュニケーションを取る。3人とも、チームにいい影響をもたらしてくれた存在でした」

 彼の語る人物評は、そっくりそのまま石川にも当てはまるものだった。

 この日、22年シーズンに大きく飛躍した長岡秀樹内山壮真、そして村上が、試合中にもかかわらず涙を流して別れを惜しんでいた。

「この日は、若手たちがずっと泣いていました。もう、それがすべてを物語っているんじゃないかと思いますね」

 38歳の坂口はオリックス・バファローズから、40歳の内川は福岡ソフトバンクホークスから、そして38歳の嶋は東北楽天ゴールデンイーグルスからヤクルトに移籍してきた。

 それぞれスタートは違えど、ともに「スワローズ」のユニフォームを着て苦楽をともにした仲間だ。石川の胸にも寂しさは募る。

「同世代がどんどん少なくなっていくのはものすごく寂しいですよ、やっぱり……。ここ数年はずっとそれが続いていますよね」

 その数日前、9月30日には、オリックス・能見篤史の引退登板が行われた。

 1979(昭和54)年5月生まれの能見と、翌80年1月生まれの石川とは同学年だ。チームは違っても、やはり感慨深かったという。

「能見とは直接、電話で話しました。最初、彼からLINEがきたんです。でも、LINEだけで済ませてしまうのが嫌だったので、僕から電話したら出てくれました。全然、湿っぽい感じはなくて、“オレはもうやり切ったんだ”という感じが出ていました。彼の場合は選手兼任コーチでもあったからいろいろ難しさもあったと思うけど、“本当にお疲れさまでした”と言いたいですね」

 中日ドラゴンズ福留孝介も引退を決めた。これによって、2023年シーズンは石川が「球界最年長」の肩書きを背負うことになった。

「そうですね。もう先輩がいなくなるというのは寂しいし、僕が最年長ということになるけど、年齢で野球はできないので、いつまでも気持ちは若いままでプレーしていくしかないですよね」

 石川を取り巻く状況も、刻々と変化していく。

 それでも、これまでと変わらずに最善の努力と準備をして、自分のできることを精一杯やるだけだ。目の前には「2年連続日本一」という目標が迫り、その先には「通算200勝」も控えている。今はただ、黙々と努力するだけだ。やるべきことをやるだけだ。

 今、石川がやるべきこと――。

 それは、ポストシーズンでチームに勝利をもたらし、連続日本一に貢献することだ。

「短期決戦というのはレギュラーシーズンとはまた別物だと思います。それでも決しておごらず、常に攻める気持ちで、ディフェンディングチャンピオンとして戦います!」

 クライマックスシリーズ、そして日本シリーズが控えている。

 石川の出番はいつになるのか?

 再びの「勝負の秋」が始まろうとしている――。

(第十九回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

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