球界は止まったままだ。新型コロナウイルスという未曽有の国難に直面しており、大会開催は難しい状況にある。「STAY HOME」が叫ばれ、有力選手を視察するスカウトも試練を迎えている。自宅待機の中で何を考え、再開へ向けた戦略を練っているのか。球団幹部に聞いた。 取材・文=岡本朋祐、写真=BBM 
「日常」ではなくなった今、野球界のスカウト活動も完全に停止中。現場で見るのが仕事であり、身動きが取れない状況である
補強ポイントは不変「選手は財産」
完全現場主義の職場だ。プロの目で確認しなければ、仕事は進まない。野球シーズンが止まっている以上、スカウトは動きようがないのだ。
決して大げさな話ではない。4月以降のスケジュールは、白紙の状況だという。この道43年のベテランである
広島・
苑田聡彦スカウト統括部長は電話口で嘆く。4月7日、7都府県に緊急事態宣言が発令される以前から不要不急の外出を控え、東京都内の自宅で静かに過ごしている。
「3月上旬の段階では、ここまで長引くとは思いませんでした。会社からは、移動は公共交通機関を使わず、自分の車で動くように、と。また、朝と晩の検温結果を連絡することも徹底していました。当時はスカウトの『腕の見せどころ』なんて話もしていましたが、冗談ではない情勢になった。しばらくは(予定が入っていた)手帳を眺めていましたがもう、あきらめました。1日も早く終息することを願うしかありません」
苑田聡彦[広島スカウト統括部長] 
「スカウトの『腕の見せどころ』から、冗談ではない情勢になった」
3月4日、日本高野連臨時理事会でセンバツ高校野球大会が「無観客試合」での開催を目指す決議が出た時点(同11日に大会中止)で、甲子園での視察は消滅した。大学、社会人の大会においても「無観客試合」では、スカウトであっても“関係者扱い”にはされず、入場できない。仮にNPBスカウトが許可されれば、大学入学や就職勧誘を目的とした高校、大学、社会人関係者も通さねばならず、収拾がつかなくなるからだ。
「3月末までは大学生のオープン戦を視察してきましたが、それも中止。高校、社会人を含めて練習もやっておらず、または、稼働していたとしも関係者以外は立ち入りできない。今はじっとしているしかないです」
1月10日にスカウト会議を行い、各担当が推薦した候補約300選手をピックアップ。例年は春の各カテゴリーの公式戦を経て5月下旬にも全国から招集をかけるが、今年は未定だという。「高校野球の夏の大会が終わるまで、集まる予定はありません。(スカウト会議が行われる)広島へ移動する際に、感染する恐れもありますからね……。実際、上位候補選手も2〜3試合しか見られていない状況です。ウワサの範囲で話し合う会議ならば、しないほうがいいと思っています」。
毎年、広島のスカウティングは独自路線を歩む。自前の選手を育成する伝統は、今も昔も変わらない。
「先代のオーナーから言われていたのは『選手は財産』だと。球団によっては、その年の一番良い選手を1位指名する方針があるようですが、ウチは追っかけんでいい、と言っています。選手、チームのことを考え、現有戦力を冷静に見極め、足りない部分を補うのがドラフトという認識です。誰もが1位候補に挙げる選手については、1回は見ておくように指示を出しますが、それ以上、視察する必要はありません。ただ、小園(
小園海斗、報徳学園高)のように、高校生でも即戦力に近い選手が出てきた場合は、報告するように言っています。あれも、これも、では担当スカウトも動きづらいですから、方針を示す。野手は順調に育っているので、補強ポイントは投手。昨年獲得した森下(
森下暢仁、明大)はやってくれると思いますが、あともう一人欲しい。毎年15人ほどの1位候補を挙げますが、仮にシーズンが開幕しても間に合わない。7〜8人にまで絞り込む形になってくると思います」
夏の全国高校選手権の開幕は8月10日、全日本大学選手権は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、6月8日から8月12日に開幕が延期された。つまり、例年、全12球団がネット裏で視察する甲子園と神宮の日程が重複する形となった。苑田スカウト統括部長は「甲子園出場チームに対象選手がいるかどうかですが、東京に残るかもしれません」と、高校生よりも、即戦力の大学生投手を優先する可能性を示唆している。
相手がいて力が出し切れてこそ本物
大渕隆[日本ハムスカウト部長] 
「点ではなく、線が描けなければ、見極めることはできない」
今年に限ったことではないが、ドラフト候補における大学生、社会人と比較して、高校球児の「判断」は最も難しいという。日本ハム・大渕隆スカウト部長はこう見解を示す。
「上位候補の大学生、社会人は順番さえつけておけば、秋のシーズンが開催してくれれば間に合います。一方、高校生は何が起きているのか、分からない。昨秋の段階では下位候補であっても、一冬を越えて、(11月5日に予定される)ドラフト会議までには12人(ドラフト1位)に入ってくるケースもある。状態が上がってくるこの春を経て、夏まで追いかけることになるんですが、仮に(緊急事態宣言が)解除されても、夏まで実質2カ月。これは、難しい判断。われわれも、スクランブル態勢を敷かないといけないかもしれない。ただ、現在は野球以前の問題であり、何とも言えませんが、例年と同じ動きではダメだとも考えています」
センバツだけでなく、春の都道府県大会、地区大会の中止は痛かった。
「点ではなくて、線で見られるようでならないと。つまり、線が描けなければ、見極めることはできません。仮に夏の大会で『急成長』があったとしても、春からの過程を見ていないと難しい
ジャッジとなります」
なぜ、そこまで危機感を募らせているのか。こちらも今年に限らず、高校生は大学生や社会人よりも早く、夏に“引退”を迎えるからである。
「負ければ終わり……。甲子園出場校以外は極端な話、7月でドラフト戦線から消えてしまうんです。後追いで、練習を見に行くこともありますが『よし!』というわけにはいかないんです。中位、下位候補ならばまだしも、上位では……。試合ができてナンボ。野球競技はゲームですから。例えば、陸上競技は100メートルで9秒台を出せば揺るぎない記録として残りますが、野球は相手があること。相手がいたら力が出し切れないでは、話になりませんからね」
2018年夏の甲子園で準優勝。ドラフト1位で指名した
吉田輝星(金足農高)の例を挙げて、補足する。
「いくら良いボールを投げたとしてもブルペンだけでは、評価が出せない。その典型だと思います。すなわちゲームで強いか、弱いか……」
伸び盛りの高校生だけに、公式戦の舞台が減ることによる心配もある。
「メディアからの評価により注目を浴びていくと、彼らの成長の度合いは明らかに違ってきます。今年はそういった機会が少なく、気持ちが盛り上がらず、プロへ行く自信をなくしてしまわないか……心配。大学進学、社会人野球などに切り替える高校生が出てくるかもしれません」
4月26日に全国高校総体(インターハイ)の中止が決定した。高校野球の夏の地方大会、甲子園の開催もピンチの状況。夏も視察できなければ、判断材料がさらに難しくなる。
例年より遅い日程。その時間を有効活用
橿渕聡[ヤクルト編成部スカウトグループデスク] 
「練習視察にウエートを置く、チャレンジする年かもしれない」
すべての球団に共通するが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のためには、外出を控え「我慢」のときだ。在宅勤務で、最大限の業務を消化。“来る日”に備え、情報収集に余念がなく、可能な範囲で動画等をチェックする。ヤクルト・橿渕聡編成部スカウトグループデスクは言う。
「もちろん、判断材料ではなく、イメージの範囲内です。予備知識を蓄え、実際のプレーを見て確認する。今、できることをやるしかないです」
地域、学校、チームによって格差がある。つまり、練習量。緊急事態宣言が解除されたとしても、試合から遠ざかっている現状、すぐにベストパフォーマンスを求めるのも酷な話だ。とはいえ、限られた時間の中でジャッジを下さないといけない。
「1カ月以上、思うように体を動かせない中で、視察した際に『調整不足』として差し引いてみるのか……。それが、本来の実力かもしれないですし、その部分も難しい判断です」
そこで、橿渕スカウトグループデスクは新たな取り組みを考案する。
「どの球団も初めてのケースで、模索していると思います。例年は担当地域以外のスカウトも確認するクロスチェックを行ってきましたが、今年は自分の範囲をしっかり見てもらう形を取るかもしれません」
今年のドラフト会議は11月5日に予定される。東京五輪開催(延期)のため、例年よりも遅い日程が組まれた。ペナントレース開幕も不透明な状況で、ドラフトの日程も今後、協議の対象となるかもしれない。だが、高校生、大学生の進路を考えると、先延ばしにできない背景もあるようだ。話は逸れたが、橿渕スカウトグループデスクは、この「遅い日程」を有効活用していきたいという。
「これまでは大会を中心に視察してきました。ゲームが7〜8割で、練習は2〜3割。この約2週間遅くなる時間を、練習視察に使う手もあるかなと考えています。来年以降も見据えて、練習視察にウエートを置く、チャレンジする年かもしれません」
感染拡大する新型コロナウイルスは「終わりの見えない戦い」とも言われる。まず、人命。終息しないことには再開できない。スカウト戦線も、かつてない世界に直面している。
元スカウトが解説「高校生の過ごし方」
今年のドラフトは予想し難い展開です。例年ならば、春のセンバツで12球団がヨーイドン! でスタートするんですが……。上位候補は3、4月に見極めないといけない。まったく動けない状況でしょうから、指導者に電話連絡して、近況を確認するくらいしかできません。すべての球団が初めてのケースとなりますが、限られた視察で、担当スカウトの目を信じるしかないと思います。仮に夏の地方大会、甲子園の開催も厳しい形となると、実戦を見られない高校生を上位でいく判断は難しいでしょう。1位指名は大学生、社会人にシフトするのも自然の流れだと思います。
さて、プロを目指す高校生はいま、何ができるのか。公式戦から遠ざかったとしても、そのブランクは影響ないと思います。基礎体力のほうが大事。不要不急の外出を自粛しないといけない情勢下で、体を動かす環境は限られると思います。しかしながら、上を目指す選手というのは、自分で練習できるもの。スマホ一台で動画など、情報を集めようと思えば、何でもできる時代です。いかに自分の時間をうまく使えるか。そこで大きな差が出ますし、自覚がない選手はプロでも長くプレーすることはできません。野手に関して言えば、素振りに専念する。体づくりという意味でも、スイングは大きな力になります。かつてない状況だからこそ、原点に返るときかもしれません。
PROFILE ふるや・ひでお●1955年8月1日生まれ。千葉県出身。木更津中央高、亜大を経て78年ドラフト2位で日本ハム入団。三塁手として活躍。91年に
阪神へ移籍し92年限りで引退。日本ハム、オリックス、
楽天、阪神のコーチや二軍監督を歴任し、その間、オリックスのスカウト、編成部国内グループ長、昨年まで2年間、編成部副部長を務めた。大卒から42年、プロ球界に在籍した。NPB通算1521試合、打率.273、180本塁打、686打点。