今年でプロ21年目を迎えたヤクルトの石川雅規。42歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は177。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2022年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 人生も野球もイレギュラーなことばかり

プロ21年目、42歳となったシーズンがいよいよ始まる
チャンピオンフラッグはためく中で行われた春季キャンプ、そしてオープン戦を終えて、いよいよ2022年ペナントレースが始まろうとしている。石川雅規にとってはプロ生活21年目の球春到来となる。開幕直前の心境を尋ねると、意外にもその表情が曇った。
「昨年はオープン戦中に故障をして、初めて《開幕二軍》を味わったことを考えたら、無事に開幕を迎えられることに嬉しい気持ちはもちろんあります。でも、開幕投手を目指していたという意味では悔しさもあります……」
連覇を目指す今年の東京ヤクルトスワローズ。就任3年目となる
高津臣吾監督は、
小川泰弘を開幕投手に指名した。かねがね、「先発を任されている以上は開幕投手を目指す」と公言していた石川にとって、「無事に開幕を迎えることができた」という安堵の気持ちなど微塵もなかった。この闘争心、負けじ魂があればこそ、プロの世界で長年にわたって活躍を続けることができたのだ。しかし、気持ちはすでに切り替わっている。
「オフの間からずっと、開幕投手を目指してトレーニングしてきたわけだから当初は悔しさもありました。でも、そこはすぐに切り替えなくちゃいけない。次に考えるのは、“自分が投げる最初の試合が自分の開幕戦だ”ということ。やっぱり、切り替えは大事だし、ずっと引きずっていてもいいことはないですからね」
石川に話を聞いていて、いつも感心させられるのはこの「切り替え力」だ。当初の目標設定がうまくいかなくなったとき、想定とは異なる事態が訪れたとき、石川の切り替えは実に早い。
「大きな目標は変わらないし、変えちゃいけないと思うけど、目の前の小さな目標は状況に応じて臨機応変に変わっていくものだと思っていますね」
そして、こんな言葉を続けた。
「人生もそうですけど、野球も自分の思い通りにいかないイレギュラーなことだらけじゃないですか。そのイレギュラーなことにいちいち右往左往していると、前に進む一歩目が遅くなったり、蛇行してしまったりするので、いい意味で能天気に臨機応変にやっていく。それは僕にとっては自然の流れですね。その方が気持ち的にはラクですし」
それは、長いプロ生活で体得した、人生を幸せに生きるためのコツであり、プロとして生き抜くためのライフハックだった。
「中村悠平、下半身の張り」報道を受けて……
「昔はもうちょっとクヨクヨしたり、悩んだりしていました。でも、悩んでいるヒマがないので、次の目標、次の目標と進んだ方がいい。例えば、期待していたことと違ったとき、“あぁ、裏切られた”とか思うじゃないですか。でも、それって勝手にこちらが期待しているだけであって、人は自分の期待通りに動くわけじゃないですからね」
石川の柔軟な考え方は、開幕前に訪れた不測の事態に対しても適用された。ペナントレース本番を直前に控えて、昨年の日本シリーズMVPの
中村悠平が「下半身の張りで(3月中旬時点では)開幕に間に合わない見込み」と報道されたのだ。石川は言う。
「昨年、チームが日本一になったのは中村の力がものすごく大きかった。扇の要ですからチームにとっては大打撃です。でも裏を返せば、みんなが成長するチャンスでもあると思います。若手の内山(壮真)だったり、古賀(優大)だったり、大ベテランの嶋(基宏)だったり、みんな目の色を変えてスタメンを狙っていますから」
目の前の現状に絶望し、悲嘆にくれる前にやるべきことはある。変えられない出来事を前にして途方に暮れるならば、変えられる現在と未来を模索した方がいい。それこそ、石川の「人生哲学」なのだ。中村がいないことをプラスに考えてやっていくしかない。もちろん、中村の離脱はチームにとってプラスであるはずがない。それでもやっていくしかない。それでも前に進むしかないのだ。
「ムーチョ(中村)には、“焦らずにしっかり治して早く戻って来いよ”と言いました。矛盾しているかもしれないけど、“焦らずに早く”。彼にはそう伝えました。この世界は矛盾だらけなんです。誰にもケガはしてほしくないけど、誰かのケガは誰かのチャンスでもあるんです。だからこそ、中村が戻ってきたときに、そこで新たな競争が始まるし、チームの底上げにもなるんだと思います」
「変わらない」ためには変わり続けるしかない

3月12日、ソフトバンクとのオープン戦では高卒2年目の内山とバッテリーを組んだ
3月12日、石川は久しぶりに神宮球場のマウンドに立った。バッテリーを組んだのは2年目の内山。現時点では「42歳と19歳バッテリー」の誕生だった。初回、石川は制球が定まらず、34球を投じて自らの暴投で1点を失うこととなった。
「このときは自分でボールをうまく操れない部分もあったし、壮真とちょっと呼吸が合わない部分もありました。そこで、1回を抑えてベンチに戻ってから、バッテリーコーチの衣川(篤史)さんを交えて話をしました」
このとき、石川が内山に伝えたのは「中間球をもっと使おうよ」ということだった。
「球数が増えるときって、どうしてもシンカー、ストレート、シンカー、ストレートと単調になる傾向があるので、“そういうときにはスライダーのような中間球を使っていこうよ”と話しました。それ以降、壮真はすごくいいリードをしてくれました。2回から立ち直ることができて、僕自身もすごく勉強になりました」
本人の言葉にある通り、石川は2回からは見事に立ち直り、ソフトバンク打線を相手に4回1/3を投げて勝利投手となった。
「4回表に
グラシアル選手にセンター前にヒットを打たれました。でも、あれはかなりタイミングをずらしたいいボールでした。あと、3回には新外国人選手(
ガルビス)をショートフライに打ち取りました。あれは真ん中付近の甘いボールだったけど、抜いたシュートに全然タイミングが合っていなかった。あれは嬉しかったですね」
この日の登板で石川は新たにつかんだ実感がある。
「やっぱり、ピッチングってタイミングのずらし合いなんです。球が速くても、遅くても、タイミングを合わせられれば打たれるけど、タイミングをずらすことができれば甘いボールでも抑えることができる。遅い真っ直ぐを速く感じさせるのは楽しいですね(笑)」
そして、石川は「秘策」を教えてくれた。
「今、球が速いのが全盛ですよね。今は140キロ台中盤のボールを投げるピッチャーがたくさんいるから、その球速だとなかなか抑えるのは難しくなっています。だから、もっと遅くなるのも一つの方法じゃないのか? だったら、もっと遅くなってやる。120キロ台のストレートを投げられないかなって思うんです。人と違うことをしたらいいじゃんって(笑)」
とことん貪欲だ。勝つためには何でもしたい。勝利の確率が上がるのであれば、たとえ可能性が低くてもどんなことでもする。石川の探求心、勝利へのこだわりは尽きることを知らない。
「だって僕自身、まだまだ勝利に飢えていますから。すごく勝ちたいんです。ファンの方には、勝つために必死になっている姿を見てほしいし、僕はファンのみなさんに勝っている自分をお見せしたい。“アイツ、変わらないな。まだ投げてるのか”って思われるようなしぶといピッチングをしたいですね。でも、“昔から変わらないな”って言われるためには、どんどん変わらないとダメなんですよね。現状維持じゃダメなんです。新しい自分を発見したいんです」
「変わらない自分」であるためには、変化を恐れずにとことん変わり続けるしかないのだ。さぁ、2022年シーズンが始まる。プロ21年目の左腕が投じる白球は、どんなドラマを見せてくれるのだろうか? 一球たりともおろそかにせずに、期待して見守りたい――。
(第十四回に続く)
取材・文=長谷川晶一 写真=BBM 連載一覧はコチラから