悔しさを押し殺し、
岡島秀樹が切り出した。「あの状態で投げても、チームに迷惑がかかる。無理して逆に長引くより、完全に治した方がいいと思った」。ブルペンの柱、精神的支柱として期待された救援左腕。自らつらい決断を下したのは、3月20日のオープン戦・
西武戦(横浜)だった。
この試合、4番手として8回に登板し、1回を1安打1四球、無失点。開幕へ最後の仕上げに入ったかに思えたが、まったく万全の状態ではなかった。「一軍の力になりたかったし、何とかなると思ったのですが……」。2月の宜野湾キャンプで左ヒザを痛め、急ピッチで回復を目指した代償。患部はもちろん、左太もも裏、左ふくらはぎにも痛みを訴えていた。
岡島本人は「投げようと思えば投げられる」と言った。しかし、どうしても受け入れることができなかったのが、ベースカバーなど「走る」動作に支障が出ること。「投げて、守って、走れる。この条件がクリアできないと、投手として厳しい」と試合後、
中畑清監督に二軍で再調整を申し入れた。
昨季限りで
ソフトバンクを退団し、
DeNAから誘いを受けた。日米通算805試合登板。当初から中畑監督は、セットアッパーでの起用を構想していた。
現状こそ国吉や田中、エレラ、山崎康らが勝ち試合を担っているが、経験の浅さや長いシーズンを考えれば、ベテランの力は不可欠と言わざるを得ない。
現在は横須賀・ベイスターズ球場でリハビリを続けている。中畑監督は「本人の中で『行ける』というものが出てくれば」と復帰の目安を設定した。ピンチでも動じない頼もしい姿。誰もが、背番号21のカムバックを待っている。