11月5日、DeNAとソフトバンクの間で3対3のトレードが発表され、多村仁志が6年ぶりに古巣・ベイスターズへ復帰することが決まった。 神奈川県生まれ、横浜高出身という生え抜きプレーヤーだった多村だが、07年にソフトバンクへ移籍。 チームの低迷期も経験する一方で、自身初となるリーグ優勝、日本一の栄冠も味わった。 福岡の地で鍛えられ横浜に帰って来た男は、勝利を渇望するチームに一体何をもたらすのだろうか。 取材・構成=佐野知香 写真=湯浅芳昭、BBM
「切り替え」と「復習」というチームの伝統 ――DeNAへの移籍が決まったときの気持ちは。
多村 率直にうれしかったですよ。最後は横浜で終えたいと思っていましたので。記者会見でも言いましたが、野球の「修行」に行って来たという感じなのかな、と。トレードで移籍し、トレードで復帰ということで、球団にもそういう意図があったのかなと思っています。
――ご自身でもソフトバンクでの経験が修行になったと感じていますか。
多村 そうですね。6年間ホークスでやってきて、2010年に球団として7年ぶりのリーグ優勝をしたときには、自分もチーム3冠で優勝に導けましたし、その翌年には日本シリーズでホームランを打って日本一にも貢献できました。でも、それだけではなく、王(貞治)さんの監督最後の年には最下位も経験していますし、そういう浮き沈みがあったことはいい経験になったと思います。
――06年の第1回WBCでは王ジャパンの一員として3本塁打、9打点で世界一に貢献。同年オフにその王監督率いるソフトバンクへ移籍しました。この出会いは自身の野球人生に大きく影響したのでは?
多村 ガラっと変わりましたね。初めて王さんの下で野球をやったのは04年の日米野球。その後、06年のWBCでも代表に選んでいただいて、やっぱり何か縁を感じましたね。トレードの話を最初に聞かされたときはびっくりしましたし、ずっと横浜でやってきたので気持ちの整理ができなかったのですが、王さんから・・・
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