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1985時代の証言者

元阪神・中西清起インタビュー「伝説の3連発のときに僕は初セーブ。あの試合で、抑えとしてやれる自信がついた」

 

阪神が2リーグ制唯一の日本一に輝いた1985年。猛虎打線が打ちまくりつかんだ栄冠には間違いない。だが、この男が最後の砦として9回を締めてきたからこその優勝だった。プロ2年目での栄光の日々を振り返る。
取材・構成=椎屋博幸

リーグ優勝時、木戸捕手と抱き合う中西[奥]の下に、掛布[左奥]と岡田[右]駆け寄って歓喜の瞬間を迎えた


伝説の3連発後一転してピンチになり、緊急登板


 伝説のシーズンの始まりを告げた奇跡は、開幕直後に起こった。それが今なお語り継がれるバックスリーン3連発。しかも、実はこのとき、阪神を優勝に導いたキーマンの一人、リリーバー・中西清起が誕生していたのだ。のちに吉田義男監督は「この試合で中西が初セーブを挙げたことが大きかった」と語っている。

 球団創設して80年以上(84年)の歴史があり、巨人とともに伝統球団と言われているのに日本一が1回しかないのは寂しいですよ。でも、過去の先輩たちが成しえなかったことに現役選手として携われたことは光栄なことだな、と思っています。

 1985年は、僕はプロ2年目。1年目は1勝6敗。後半からはリリーバーをすることが多かったんです。85年に入ると監督が吉田(吉田義男)さんに代わり、僕も2年目で、与えられた場所でしっかりと投げたいという気持ちがありました。さらにドラフト同期で2位の池田親興さんが84年に9勝を挙げたので、僕はドラ1として負けられないという思いも強かったですね。

 でも後から聞いた話だと、吉田さんは、最初から僕をリリーバーとして起用しようと思っていたみたいですね。そういう中で開幕した85年ですが、初戦が広島戦(広島)でカズさん(山本和行)が打たれてサヨナラ負けからのスタートでした。翌日の広島戦も最後はカズさんが投げてセーブを挙げ、1勝1敗で甲子園に帰ってきました。

 4月16日は、巨人に10対2で伊藤(伊藤文隆)さんが完投勝ち。そして4月17日です。巨人戦は毎日が満員でしたから、この日も同じような感じ。そしてこの試合は7回裏に「伝説のバックスクリーン3連発」があった試合。当時はまだラッキーゾーンがあり、そこがブルペンでしたから、僕はライトスタンド側のブルペンからバース、掛布(掛布雅之)さん、岡田(岡田彰布)さんの3連発を見ていました。ポンポンとボールがバックスクリーンに入るたびに声援と球場のボルテージが上がっていく感じをいまだに覚えていますね。

 そうこうしている間に工藤(工藤公彦)さんから福間(福間収)さんにつないだのですが、9回にクロマティと原(原辰徳)さんに連続ホームランを打たれ6対5の1点差まで詰め寄られたんです。そこでブルペンも大慌てで、僕とカズさんが肩を作り始めて、コールされたのが僕。「え? オレ? カズさんじゃないの・・・

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