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昭和ドロップ

オヤジたちの深堀りTALK 昭和ドロップ 第18回「多摩川の青春」

 

今回の『昭和ドロップ!』は、レギュラーの定岡正二さん、篠塚和典さんに加え、まだ50代と若手(?)の槙原寛己さんが初参戦。まずは先輩2人に、かわいい後輩・槙原さんの若き日の印象をお聞きし、皆さんのジャイアンツでの若手時代へと話を広げていただいた。
構成=井口英規


サダさんに間違えられた?


 昼下がり、都内のいつもの和食屋さん。最初に到着は、やっぱり一番年下のマキさん、そのあとサダさん、シノさんが現れ、今回も緩〜く始まった……。

定岡 マキ、もう来てたの?

槙原 当然ですよ。ジャイアンツ時間ですから、30分前です。

篠塚 あれ、今回、川口は?

──甲子園の思い出話もお願いしたかったのでお休みしていただき、代わりにマキさんにお願いしました。

篠塚 そうか、甲子園は出てなかったもんね、川口は。でも、いたらいたでなんか話してたと思うよ、あいつも。

定岡 シノ、分かってやれよ、ベーマガさんだって、4人も呼ぶとギャラが大変なんだ(笑)。

──鋭過ぎます(笑)。でも、マキさんは、『昭和ドロップ!』を読まれていたようなんで、いつかと思っていたんですよ。

槙原 面白いですよね! 一度、呼んでくださいとサダさんにも言ってたんです。ところで何を食べてもいいんですか。

定岡 ダメ! 1000円まで。ベーマガさんも大変なんだから気を使えよ。

槙原 一番安いので1500円ですよ。

定岡 1000円以上は自分で払うんだよ(笑)。

──そこまでせっぱ詰まってはいませんが(笑)、常識の範囲でお願いします。今日はマキさんが初参加ですが、サダさん、マキさんの最初の印象はいかがでしたか。

定岡 シノとの最初はよく覚えているんですけど、マキは全然覚えてません。最初に会ったのは合宿所だっけ? 俺よりマキのほうが覚えているでしょ。

槙原 サダさんとは合宿所では会ってませんよ。僕が入ったときは、サダさん、合宿所はもう出てたでしょ。

篠塚 うん、もういないはずですよ。

定岡 でも、俺、結構長かったよ。

篠塚 マキは何年入団?

槙原 1982年です。

定岡 俺がバリバリのころだな。85年に引退したから……、確かに、もう合宿所は出てるわ。

槙原 僕は1年目、ずっと二軍だったんですけど、秋季キャンプのオープン戦で阪神戦があって、そのとき一軍に行かせてもらって投げたんですよ。江川(江川卓)さんや西本(西本聖)さんとは写真を撮らせてもらっているんですけど、サダさんは写ってなかったな。シノさんや原(原辰徳)さんもいましたけど。

定岡 俺だっていたはずだよ。印象薄かったかな(笑)。でも、マキと10年以上一緒にやっていたような気がするけど、実質3年しかやってないんだな。

槙原 一軍に上がってからは、ずっと一緒にいましたもんね。急にいなくなって寂しくなっちゃいました(85年オフ、近鉄移籍を拒否し、引退)。そしたら、しばらくしてテレビ番組をやってるから、あらー、サダさん、元気そうって(笑)。

定岡 僕とマキとは、そういう関係です(笑)。

槙原寛己氏


──マキさんの球は最初から速かったんですか。

定岡 そうですね。ただ、ブルペンで見てたときは、球は速いけど、どこに行くか分かんなかった。イキのいいピッチャーだなとは思いましたけどね。

槙原 自分でもどこ行くか分からなかったですよ。投げ方も分からないし、力いっぱい投げるのがピッチャーだと思ってましたから。

定岡 今と違ってほっそりしてて、ウチのおふくろが見て、俺だって間違えたことがあるぐらいだったね。

槙原 僕も言われました。定岡さんみたいだって。顔は違いますけど、体型が。

定岡 だいぶあとになってからだよな、せんだみつおさんに似てるとか言われ出したのは(笑)。

──シノさんは。

篠塚 僕も一緒。球が速いなって。でも足腰が弱いっていう印象があったね。

槙原 足が細かったですからね。

定岡 そう、こいつ、こけるこける、すぐこけるの(笑)。

篠塚 ちょっと内股だったんだよな。

槙原 そうでしたね。

定岡 それで足がでかい(笑)。

篠塚 若いピッチャーを見ていると、大成していく選手は年々、体も成長していく。それはマキにも思っていた。着実に体が大きくなっていくし、あれだけのボールを持っていましたしね。

石拾いからスタート


──マキさんはご自身のYouTubeで、多摩川(ジャイアンツ球場ができる前の二軍球場であり、練習グラウンド)の練習の最初に石拾いをやらされ、びっくりしたと言っていましたが、あれは巨人の伝統ですか。

定岡 そう、僕らもそうだった。朝はバケツ持って石拾いから始まるんですよ。冬は寒かったなあ。グラウンドキーパーはもちろんいるんですけど、若い選手が必ず通る道みたいな感じですかね。

槙原 いろいろなことで、「えっ、これがプロ?」と思いましたが、多摩川に対して嫌なグラウンドっていうイメージはないんです。やっぱり、ここがジャイアンツの聖地だなというのもあったんで。

篠塚 何年やった? 多摩川で。

槙原 6〜7年ですかね。

定岡 僕も若いときは、なんだこれはと思ったことが多いけど、年をとってから振り返ると、あれもよかったなと思います。あそこは道場みたいなもんだから、まずは石拾いとか、そういうことからスタートでね。

篠塚 高校のときもそうだからね。まずはグラウンドの石拾いからだった。

槙原 台風が近づいてきたら、「お前たち行けー」って言われて、若い選手でバッティングの器具を土手に上げさせられたりもしました。多摩川が増水すると、グラウンドが水浸しになるんで。

定岡 俺が入る1年前(1974年)に多摩川が・・・

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