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Vol.10 今村幸志郎[西部ガス・投手]
現役引退の危機からチャンス得た技巧派左腕

 

福岡市に本拠を置く西部ガス。創部3年目での都市対抗初出場のカギを握るのが、入社2年目のサウスポーだ。
大学時代は控えの外野手で、卒業後は1年間、専門学校でプレーした異色のキャリアを持つ。
一度は絶たれかけた野球人生が一転、大きなチャンスをつかもうとしている。

取材・文=岡本朋祐
写真=湯浅芳昭


何の根拠もなかった投手への再転向

 波瀾万丈の野球人生。今村幸志郎に確認すると「相当の変わり種。この歳まで野球を続けられることに感謝したい」と神妙に話した。6月で25歳。本来ならば社会人3年目の年齢であるが1年間、遠回りしている。

 名門・熊本工高には投手として入学。1年秋の時点で背番号10と「2番手」の立場を確立するものの、2年夏になって同期の隈部智也が台頭。甲子園出場の原動力となると、立場は逆転した。新チームでは打力アップというチーム事情もあり、今村は外野手転向の打診。50メートル5秒9の俊足、遠投110メートルの強肩、身体能力をより生かすためのコンバートだった。翌春のセンバツではスピードスター・藤村大介(現巨人)とともに、三番・中堅で4強まで進んだ。室戸高(高知)との準々決勝では6回途中から救援。隈部の不調をカバーする緊急登板も、3回1/3を2失点の粘投で、準決勝へと導いている。

 大学日本一4度の優勝を誇る青学大へは「外野手」として入学した。1年春からベンチ入りし、代走や試合終盤の守備要員として10試合に出場。順調な神宮デビューを飾るが、定位置獲得への道は険しかった。チームは2年秋の入れ替え戦で降格し、3年春は二部で過ごした。同秋に一部へ復帰したものの、4年秋まで残り3シーズンでの出場は7試合のみ。「今思えばマイナスではなかったですが正直、楽しくはなかったです」と、不遇の時間を過ごす。

 4年秋になっても、今村の大学卒業後の進路は白紙だった。「試合に出ていないわけですから、社会人から声が掛かるわけがない」。実力の世界。置かれた現実を理解しながらも、一線を踏み出せないでいた。つまり、野球を断念するという選択肢である。「ユニフォームを脱ぐ姿が想像できなかった。何の根拠もなかったんですが、外野手よりも、投手の方が可能性があると勝手に考えていました。ラストチャンスにかけて、両親を説得して兵庫へ行くことにしました」

 11月、知人の紹介で関西メディカルスポーツ学院への入学が決定する。同専門学校をステップにして・・・

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