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野球浪漫2022

DeNA・田中健二朗 逆境こそが真骨頂 「プロになるには、まず注目してもらうために甲子園に出場しなければいけないと考えた」

 

天国も地獄も味わった。2016、17年には60試合以上に登板し、球団初のクライマックスシリーズ進出、日本シリーズの舞台も経験した。19年のトミー・ジョン手術から過酷なリハビリを経て、昨季一軍マウンドに復帰。DeNAの前身、横浜ベイスターズ時代を知るベテラン・リリーバーが経験を駆使して、玄人好みの光を放っている。
文=石塚隆 写真=桜井ひとし、BBM

どんなピンチでマウンドに上がろうとも表情を変えることなく仕事をこなす


トミー・ジョンからの帰還


 数年ぶりに見たその満足気な表情が、すべてを物語っていた。

「野球、やらせてもらっています」

 田中健二朗は実感を込め、かみ締めるように言った。

「野球をやれなかった時期が長かったから楽しいですね、今は。もう、やりがいしかありませんよ」

 田中健は2019年8月に左ヒジの内側側副靭帯(じんたい)再建術、通称トミー・ジョン(TJ)手術を受けた。以後、先行きの分からない苦しいリハビリを経て、昨年9月12日の阪神戦(横浜)で復帰、1092日ぶりに一軍のマウンドに姿を現した。生え抜きの功労者の帰還に、ハマスタは大いに盛り上がった。

 考えられた未来はいくつかあった。カムバックすることはもちろん、術後の経過が思わしくなければ、最悪マウンドに立つのは無理だったかもしれない。希望と不安が入り混じる長いリハビリ期間。思うように復帰プログラムを積み上げることができず「正直に言えば心が折れていた時期もありました」と、田中健は左ヒジをそっとさすった。

 塗炭(とたん)の苦しみを味わうも、一軍の戦力として見事に生還した。今シーズンは、ビハインドの場面もあれば、勝ちゲームでマウンドに立つこともある。特にランナーをためた苦しい状況では颯爽(さっそう)とグラウンドに登場し、速やかに火消しを演じ、チームのピンチを何度も救ってきた。

TJ手術後に育成選手契約。リハビリを経て、2021年6月に支配下再登録


 そんな田中健の背中を見て、DeNAには欠かせないセットアッパーに成長した若手の伊勢大夢は感嘆する。

「健二朗さんは、僕なんかよりもきつい場面で行くことが多い。またフォアボールがOKの状況であっても、厳しいところをしっかりと突くことができる。本当、見て学ばせてもらっているし、尊敬していますね」

 プロとしての揺るぎのないプライド。どんな場面であっても逃げることなく勝負をして、チームの期待に応える。

 マウンドこそが俺の場所──。

 幼いときから夢見てきたプロの世界に身を置き、今年で15年目。まだまだ、夢の途中にいる。

夢実現への“逆算”


 愛知県新城市出身。野球を始めたのは小学2年生のときだった。

「1つ上の兄の影響ですね。僕の住んでいた地域は、地元の少年野球クラブに入るのが当たり前だったんですよ。ほかにスポーツクラブはなかったし、自然の成り行きというか……」

 田中健はそう言うと笑った。平成元年生まれ。まだ野球が子どもたちの中心だったころに少年時代を過ごした。プレーをするのは楽しかった。もちろん多くの少年たちがそうであるようにプロ野球の世界にあこがれた。

 ただ多くの子どもにとってそれは漠然とした夢物語であるが・・・

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