昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 川上監督が先発投手を間違えた?
今回は『1968年9月9日号』。定価は60円。
首位
巨人がもたつく間に阪神が2.5ゲーム差まで迫ってきた。
虎のエースは2年目の左腕・江夏豊だ。すでにプライド高き
村山実も、
「時代は流れている。昨年まではワシがエースだった。しかし今は違う。ワシは江夏が最高の状態で投げられるようカバーするのが務めと思っている」
ときっぱり言い切る。
前年はほとんどストレートだけだったが、この年は鋭いカーブも光り、三振の山を築いていた。
周囲は江夏のライバルとして巨人・
堀内恒夫を挙げるが、当人は近鉄の左腕・
鈴木啓示だという。
「パであの人が一番スピードがあるし、性格が僕に似ていることから不思議とウマが合いそうな気がする。それにセに本格派左腕がいないでしょ。
堀内さんには失礼ですが、あのバックに守られて投げていたら僕だけじゃなく、
広島の投手だって苦しまずに投げられますよ。でも、僕は巨人に入らなくてよかったと思っている。関西の人間は関西の球団に入るのが一番いいと思うからです。東京は嫌いだ」
また、これからの過酷な優勝争いへの抱負には若者らしい初々しい気負いが感じられる。
「こんな苦しいことを体験するのもいいじゃないですか。小山(正明)さんも村山さんも、みんなこの乗るかそるかの苦しみを経験してきたんです。僕にできないはずはない」
巨人・
川上哲治監督が先発投手を間違えた話も載っていた。
8月20日の大洋戦だった。堀内恒夫が先発のはずで準備していたが、試合前のアナウンスは「ピッチャー・中村(稔)」だった。
堀内は盛んにクビをひねりながらロッカーに戻り、
「きょうは僕だったはずですけど、急に変更になったんですかねえ」
と言った。
一方、中村はマッサージを受けており、自分が先発と聞いてびっくり。投げる気なかったので、練習は走り込みとし、たっぷり汗を流していた。
それを吸い込んだユニフォームもグチャグチャだったが、着替えもなく、あわてて砂だけ落とし、乾燥機に突っ込んだという。
もちろん、うまくいくはずもなく、1回5失点KOだ。
間違えた理由は川上監督の勘違いだった。
藤田元司コーチから堀内とは伝えられてはいたのだが、直前のミーティングに出なかったこともあり、うっかりしてしまったらしい。
ただ、川上に多少同情する余地はある。
試合前、先発に備え、スパイクを磨いていた堀内に川上監督が、
「おい、珍しいじゃないか」
と声をかけた際、
「ええ、先発ですから」
と言えばいいのだが、
「僕だってたまにはこんなこともやりますよ」
と呑気に言ったことで、「こんな緊張感のない奴が先発のはずはない」と思ってしまったらしい。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM