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廣岡達朗コラム

複数年契約は人間を堕落させる。契約システムを見直すべき/廣岡達朗コラム

 

お金の値打ちがまるで感じられない



 複数年契約をすると人間は堕落する、というのが私の考えだ。

 この考えがどこから来ているかというと、私は1988年から「日米ベースボールサミット」と称する野球の勉強会を日本で3回にわたって開催した。メジャーの球団関係者や元監督も多数招いた。そのときに、アメリカ側から「日本は複数年契約はやるべきではない」と真剣な表情で言われた。

 アメリカは多民族国家だ。そこには、日本にいたら逆立ちしても理解できない、壮絶な差別が存在する。ジャッキー・ロビンソンが象徴するように、黒人選手は差別的仕打ちを受けた。こういう国家において信用を築くには、分厚い契約書が必要になってくる。日本のように、何も言わなくともお互いに相手の気持ちを察する心と心で成り立ってきた社会とは自ずから違うのだ。

 昭和の時代の日本は契約書などなくても、親方が「俺に任せておけ」と言えば、すべてが丸く収まる社会だった。

 ところが、時代が90年代に入ると空気が変わった。球界にも93年、FA制度が導入された。一定の一軍在籍日数を満たせば、その選手はほかのチームへ移る権利を取得できるようになった。

 その結果、起こったのがマネー戦争だ。巨人には他球団の優秀な選手が集結。他球団からすれば、手塩にかけて育てた生え抜きを、円熟期に奪われてしまう。それに対する対抗措置として複数年の大型契約を結び、選手を縛るケースが最近は顕著だ。

 2020年にFA権を得た山田哲人を、ヤクルトは7年契約の総額35億円で引き留めた。柳田悠岐(ソフトバンク)は7年契約の3年目となる22年、1000万円アップの6億2000万円で契約を更改した。お金の値打ちがまるで感じられない。

 私が監督ならば、チームを出たければ出ろ、と言う。代わりの若い選手を育て上げるだけの自信がある。選手のほうも「次は俺の出番だ」と、それがモチベーションになって頑張るのだ。

過去の実績にしがみつく日本


 田中将大ヤンキースを退団して昨年、楽天に移籍した。メジャー・リーグで大きな実績を残したにもかかわらず、契約が更新されなかった。田中に何億ものカネをかけるなら、20歳前後の伸び盛りの連中にそのカネを使って教えたほうが楽しみが大きい、というのがメジャー流の考え方なのだ。

 日本人はいつまでも過去の実績にしがみつく傾向がある。その典型が昨年限りで引退した松坂大輔への過剰なまでの幻想だ。現役晩年は働かなかった。それは松坂がどうこうではなく、自然の法則なのだ。この自然の法則を日本人は知らない。

 日本球界は契約システムをそろそろ見直すべきだ。たとえば、柳田のように年俸6億2000万円の選手なら最低5000万円を保証した上で、残りの5億7000万円を143試合で割った400万円を、1試合の中でよく働けばインセンティブとしてその都度支給する。そうすれば、選手は「6億を取るぞ」とガ然、目の色を変えて働くだろう。その結果として、球団も選手も得をするのだ。

 最初からお金をもらえれば幸せだという考え方は情けない。私は今年90歳になる。この年齢になったら、大切なのはお金ではない。世のため人のためになることをやっていくことが生まれてきた値打ちなのだと分かってくる。だから、こうしたら球界は良くなると言うべきことは言っておかないといけないのだ。

(金額は推定)

『週刊ベースボール』2022年1月17号(1月5日発売)より

廣岡達朗(ひろおか・たつろう)
1932年2月9日生まれ。広島県出身。呉三津田高、早大を経て54年に巨人入団。大型遊撃手として新人王に輝くなど活躍。66年に引退。広島、ヤクルトのコーチを経て76年シーズン途中にヤクルト監督に就任。78年、球団初のリーグ制覇、日本一に導く。82年の西武監督就任1年目から2年連続日本一。4年間で3度優勝という偉業を残し85年限りで退団。92年野球殿堂入り。

写真=BBM

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