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阪神8位・石井大智 153キロ右腕がつかんだ「高知」との深い縁

 

コロナ禍のドラフトで12球団から指名を受けたのは、育成枠を含めて計123人。公式戦の機会が少なく、アピールする場も限られたが、夢の扉をたたいた、新たなステージへ向かう選手を紹介。支配下の最終74番目で指名された右腕である。

10月26日、阪神から指名された直後の記者会見で、ホッとした表情を見せた[左から武政重和球団代表、石井、吉田豊彦監督]


 ドラフト会議が始まってからも、緊張感はまったくなかった。石井大智が急激に焦りを覚え始めたのは、指名が4位に入ったころからである。

 シーズン中から、指名を受けた選手の喜びの瞬間ではなく、あえて、指名漏れの動画を見ることが多かった。

「その地獄みたいな展開を見ておかないと、そこに対しての心構えというか。そこは絶対に必要だなと思っていたので」

 オレがこうなったら、どういう気持ちになるんだろう? そう考えていた。

 いま、その地獄の一歩手前にいる。

 残り2球団となり、阪神8位。ファンが待っている隣の会場から、大きな歓声が上がった。「石井大智」という名前が一瞬、誰か他人の名前のように感じられた。会議終了後、いち早く行われた囲み取材中も、足の震えが止まらない。

 ドラフト最終指名となった74人目は、昨年、西武から8位で指名された徳島・岸潤一郎とまったく同じである。2019年の北米遠征で、ともに四国リーグ選抜メンバーとして戦った仲でもあり、いまでも親交が続いている。

「今年も、岸さんには電話をいただいたりしていました。なんかちょっとかぶるというか、指名の最後ということで。もちろん指名されたことはうれしいですけど、順位には満足できないです。指名順位に関係なく、成績を残して、1日も早く一軍に上がれるように頑張っていきたいと思います」

 四国リーグで2年目となった昨年から、「高知のエース」として目覚ましい活躍を見せている。1試合で何度もたたき出す最速149キロのストレートと、鋭く落ちるシンカーを武器に、奪三振王(122奪三振)のタイトルを獲得した。

 だが、NPBからの調査書は1通も届かなかった。背が低い。ストレートが高めに抜ける。変化球の精度が低い。それが、スカウトからの評価だった。

 見返してやる! と思ったのは当然だ。しかし、19年の成績を上回ることと、自身のポテンシャルをさらに上げることは、そう簡単ではない。

「でも、吉田さん(豊彦監督、元南海ほか)には『お前ならできるけどな』と、ずっと言われていたんです。それをずっと、信じてきた感じでしたね」

数字に見える明らかな成長


 昨年のドラフト終了後、一時は高知を離れ、環境を変えることを考えていた。

 選手寮の前にある焼き鳥屋で、吉田監督と2人だけで話し合ったことがある。なぜ、どこからも調査書が届かなかったのか。まだ、やるべきことがある。吉田監督は「お前には、伸びしろしかないんだよ」と、言って励ました。

 そして、1年前の、あの夜を振り返る。

「場所を変えたから、NPBに行けるという保証はないと思うんです。彼の実力があれば、どこでも行ける。その中で、やはり『ここ(高知)に恩がある以上は、ここから行け』って言ったんです。『それが、お前にとってはベストだ!』と」

 少し時間がたち、冷静に考えると、課題が見えてきた。ボール球を振ってくれるから、三振が奪えている部分はある。さらなる制球力のアップが必要だと考えた。

 球速ばかりを追い求めることをやめ、コントロールをつけるために、投球フォームを見直した。しっかり下半身を使って投げる新たな形を、すでに6月の開幕前には自分のものにしている。

 確実に昨年までのポテンシャルを上回っていることは、数字を見れば明らかである。与四球率はシーズンを通して昨年の「2.91」から「0.98」と飛躍的に向上。昨年の122を超える、129個(2位)の三振を奪い、奪三振率も昨年の「10.14」から「11.50」まで上がった。気がつけば、平均球速は140キロ台後半となり、最速は153キロまでアップしていた。

チームの大先輩から熱きツイート


最速は153キロ。制球力も上がり、NPBで十分勝負できるポテンシャルを携えている


 評価は正直だ。1年が経過し、調査書が届いたのは10球団からである。堂々とスカウトからの印象を覆してみせた。

 阪神から指名を受けた直後、藤川球児が自身のSNSでツイートしている。

「僕ももう少し頑張って バトンタッチだね/しかも高知ファイティンドッグスから!」(原文のまま)

 直接会ったことはないが、ファイティングドッグスの大先輩が現役を終えようとしているいま、心に期するものがある。

「高知にゆかりのある球団ですし、藤川さんが今年引退されて、切れない縁というのがあるのかなと思います。僕も藤川選手のように、ストレートに自信を持っているスタイルなので、目標として頑張っていきたいなと思っています」

 藤川の後を継ぐ、そんな“勝負師”のような投手になりたい。阪神は、かつて吉田監督も在籍した球団だ。安芸のキャンプで、高知のファンに元気な姿を見てもらうこともできる。いくつもの縁を感じる指名となった。

 ドラフト会議の前夜、石井も自身のSNSに、こんなツイートを残している。

「『明日はきっといい日になる』 高橋優」

 同じ秋田県出身のミュージシャンである高橋優の曲を、普段からよく聞いている。ほかにも好きな曲がたくさんあり、とりわけこの曲からは、いつもパワーをもらっていた。

「もう、そのまんまです。そうなったらいいな。明日、いい日になったらいいなと思って」

 10月26日は、NPBへの扉が開いた、生涯忘れられない1日となった。

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