イラスト=イワヰマサタカ
広島東洋カープが1975年に成し遂げた初優勝の基礎をつくったのが、68年から72年の
根本陸夫監督が率いた5年間だったと言われている。68年は球団創設以来初のAクラス入りを果たし、やがて
衣笠祥雄、
外木場義郎、
山本浩二、
安仁屋宗八、
水谷実雄、
三村敏之など、のちの赤ヘル軍団のメンバーたちが顔をそろえていった。そんな赤ヘル・カープ揺籃(ようらん)期の選手たちが着ていたスタジアム・ジャンパーのデザインが秀逸だった。
特に円の中で飛び跳ねる赤い鯉のぼりと、3つのボールがバランスよく収まっているエンブレムが素晴らしい。日本球界の傑作エンブレムのひとつと言ってもよいだろう。
躍動感あふれる鯉のぼりに添えられた3つのボールが、バランス的によいポイントになっている。なぜボールが3つなのかというと・・・
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